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2008年3月10日月曜日

山百合迷路? 後

「うぎゃっ!?」
「おぉ、相変わらずの叫び声」
「聖が言ってたのってこれね」
「確かに恐竜の子供みたい、面白い」
「祐巳さんもうちょっと叫び方変えた方が…」
順に白薔薇さま、紅薔薇さま、黄薔薇さまそして由乃さんのコメントでした。あの、どれにも私を心配する発言がないんですけど。
それとこんなことやる人は白薔薇さまだけだと思ってたのに、その人は今祐巳の目の前に座っている。ということは、他の誰かが覆いかぶさっているわけで。祐巳の視界には志摩子さんを膝にのせた白薔薇さま、ちょっと驚いてる紅薔薇さま、面白いことが溢れてて水を得た魚のような黄薔薇さま、そういえばさっきから居たにも関わらず発言してなかったため影が薄い令さま、とその妹由乃さんがいる。山百合会のメンバーであと足りない人は…もし、かして…
「祐巳の反応、可愛いわ」
「お、お、お」
口の中で言葉が空回りして上手く出てこない。
「…?どうしたの、祐巳」
「お姉さま!?」
ようやく言えた、その一言。抱き付き犯はなんとお姉さまの祥子さまだった。いやどうしたのって、そっくりそのままあなたに返したいんですが。
「白薔薇さまの言うとおりね、抱き心地がとていいわ」
「えー、今は志摩子のほうが抱き心地はいいよー」
「何言ってるんですか祐巳に決まっています」
なんか妹自慢を展開されてるところ悪いんですが、本当にお姉さまはどうしちゃいましたか?
「これは…アレね」
「そうね…アレかもしれないわ」
何か意味深な言葉を交わしあっている紅薔薇さまと黄薔薇さま。その顔つきはとても深刻そうで、まるで覚悟を決める前の武士のようなだ。
二人の異変に気がついたのか、由乃さんたちや志摩子さんもそちらに注目している。白薔薇さまとお姉さまは互いの妹を抱きながら、まだ妹バカ喧嘩をしていた。
「祐巳ちゃん、由乃ちゃん、志摩子…これはあくまで推測よ…」
あ、黄薔薇さま誰か一人足りません。その人すっごく落ち込んでます。
だけど黄薔薇さま、華麗に令さまをスルー。
「これは多分…夢ね」
「「「はい??」」」
三人同時に聞き返した。
「よくあるじゃない、夢で知っている人が壊れちゃったり、ありえないことがおきたりするのが。全て夢だと言えば納得がいくわ」
「いや確かに夢だと言えば全て丸く納まりますし、夢オチは収拾がつかなくなったときの最終手段ですが…」
「ほら、そんな説明口調になっているのが何よりの証拠よ。どことなく志摩子に毒みたいのがあるのも、いつもはイケイケな由乃ちゃんが大人しかったりするのも説明がつくでしょ」
そう言われると、確かにそうだ。夢とは予想外だけど…そうすると一つの疑問が浮かんでくる。はたして、いったいだれそれの夢なのかこれは。
「でもそうなると、いったい誰の夢なのでしょう?」
夢の志摩子さんが祐巳と同じ疑問を浮かべる。由乃さんもそりゃそうだと同意した。
夢は夢でも、皆それぞれ意思を持っているらしい。すると祐巳だって誰かの夢なのかもしれない。
その質問に紅薔薇さまは眉間に指を置いて考える。しかし突然そうだと大声をあげて、ポンと拳でもう片方の手の平を軽く叩いた。さすがは紅薔薇さま、もうどうすればお姉さまがこんな奇人変人な行動をしないで済むか解ったようだ。
「祐巳ちゃんっ、何か鈍器ない?」
って何か危ない予感がたっくさんだ!?
そんな満面の笑顔で尋ねられましても困りますっ。
「紅薔薇さま落ち着いてください…!!」
「うふふ、私はいつも落ち着いているわよ?」
ああ怖い、怖いですよ紅薔薇さま。そういう台詞を言っちゃうと落ち着いてないのを裏付けるようなものですって。
「だってほら、定番じゃない。誰かに殴られて夢が覚めるっていうの。誰の夢か分からなかったら全員殴ればいい話よ」
「いやいやいや、それ夢前提ですよね夢じゃなかったらどうするんですか立派な犯罪ですよ死んじゃいますよ」
「大っ丈っ夫、多分!!」
そんな全力で多分なんかつけないで下さい黄薔薇さまー!!!
しかも近くの花瓶を持ち出そうとしないでください志摩子さーん!!?
そしてそれを笑顔で受け取らないで紅薔薇さまー…っ!!
「さて、誰から逝きますか?」
志摩子さん、志摩子さん、物騒な文字に変換されてます。
「とりあえず、主人公から」
「目茶苦茶理不尽です」
「じゃあ一番人気の聖で」
「お姉さまのネジをこれ以上緩めてどうするんですか」
「もう、めんどくさいわね誰でもいいし…やっぱり祐巳ちゃん、よろしくお願い」
いや待って下さいそんなフルスイングしないで痛い通り越しますって…………!!
「目覚めろっ、解き、放ーつ!!」
「なんかいろいろ混じってますー!?」

※※※

「なんかいろいろ混じってますー!?」
大声をあげながら、祐巳は布団から飛び起きた。荒い呼吸を繰り返しながら、自分が今どこにいるかを確認すると、どうやら自分の部屋らしい。
(ということは、やはり私の夢だったのか…)
ほっとしたような、しないような…。でも、とにかく夢でよかった。
「祐巳ー、入るぞー」
ノックもままならず入ってきたのは弟の祐麒の声。こら姉の部屋とはいえそんな軽々しく入ってこないでと言おうとして、固まった。
「ほら早くしないと遅刻するぞ」
すらりとした長身に艶やかな黒髪、そしてその存在から放たれる輝かしいオーラ。見間違うことはない、なんと祥子お姉さまではありませんか。

………え?

突然浮かび上がった仮説を全力で否定する。ありえないありえない、ほらお姉さまの後ろに祐麒がいるに違いない。

いなかった。

代わりにお姉さまから放たれる祐麒の声。
「何ぼーっとしてんだよ?」
脳みそがパンクします。どれが夢で現実なのでしょう。まるで迷路のように入り組んでいる。


とりあえず助けて下さいお姉さまーー…!!!


※※※
結局サイトよりもこっちが先に完成しちゃいました。ギャグのオチほど難しいものはない。無理矢理なオチですみません。あと祐麒じゃなかったらすみません、文字違うかも。
なんというかファイトだ!?

2008年3月6日木曜日

山百合迷路? 前

姉妹DE連想ゲーム。
黄薔薇のつぼみと由乃さんはいつもベタベタ親戚姉妹。
私…祐巳と祥子お姉さまの姉妹は、自分で言うのもなんだが毎回試練を乗り越え絆が深まる仲良し姉妹。
お姉さまや令さまと薔薇さまがたの姉妹は、とても仲良しで羨ましいぐらいいい姉妹だ。
そして残りのしんがり白薔薇姉妹といえば、放任主義でぱっとみ互いのことはあまり関わらない姉妹。本当は心の繋がりは半端ないものだって、最近なんとなく分かってきたけど、やっぱりよく分からない姉妹代表ぐらいにはなるんじゃないかな。
で、そんな連想を思い起こすような白薔薇姉妹…のはずなのに、今日祐巳が薔薇の館のビスケット扉を開けた先にあったこの光景はいったいなんぞや?
「志ー摩子っ」
「ちょ、お姉さま…!?」
「やっ、わが妹ながらこの可愛さは何なの?西洋人形のようでマリア様のようで…可愛いなぁ志摩子」
「お、お姉さま…あの、ほら、もうそろそろ他の方もいらっしゃいますから…」
「いいーじゃーん、私が志摩子を可愛いから大好きなだけからー。ありのままの私を見てー」
「何言ってるんですか勘弁してくださいお姉さま…ってゆ、祐巳…さん」
「お、祐巳ちゃんやほー」
えーと…?
まあ、あれだ。とりあえずどうしようか。
「ご、ごきげんよう…志摩子さん、白薔薇さま…?」
やっぱ、ご挨拶でしょうか?

※※※

その後羞恥でかどうでだか顔が真っ赤な志摩子さんは持てる限りの力をだして抱き付いていたセクハラ姉から逃れると祐巳を連れて、乱暴な下り方で階段を駆けていった。そして薔薇の館の玄関扉を閉めて、白薔薇さまが出られないように扉の前に立ちふさがるとようやく安堵の溜め息をついた。
「えーと志摩子さん、大丈夫?」
「え、ええ…だ、いじょうぶ、よ…私は」
ということは大丈夫じゃない人が志摩子さんの代わりにいるわけだ。さっきの光景を見れば誰だかは分かるけど。
「こんなところで二人とも何してるの?」
その声は、と振り返れば、紅薔薇さまが立っていた。遠くからは黄薔薇ファミリーが勢揃いしているのがみえる。
「紅薔薇さま…ごきげんよう」
まだ少し引きつった笑みを浮かべながら志摩子さんが先に挨拶をした。続けて祐巳もご挨拶をする。
「ほら、とりあえず中に入りましょうよ。風邪、引いちゃうわよ?」
紅薔薇さまの優しい言葉も、今の志摩子さんにとっては残酷なものだ。志摩子さんは必死な顔で思い切り首を横に振った。扉の取っ手をしっかりと掴んで、絶対に放さないぞって意思表示までしてる。
だけど事情を知らない紅薔薇さまはそんな志摩子さんの態度の意味を理解する事なく、志摩子さんを人形のようにむんずと掴むと脇に寄せて扉を開けた。ちょっと、強引過ぎじゃないですかね紅薔薇さま。
「見ないでくださいー…っ」
なんて志摩子さんの叫びもむなしく、紅薔薇は二階へ上っていき…
「志ー摩ー子ー大好きだっ」
「うわあっ、聖!?」
「あ、蓉子だった」
なんて声が一階に響いてきました。紅薔薇さま、ご愁傷様です。

※※※

「…で、志摩子には何故聖がそんな風になってしまったか心当たりはないの?」
呆れかえってる紅薔薇さまが言ったそんな風に、っていうのは聖さまが志摩子さんを膝にのせてさっきから抱き付いてる風なんだけど。
「それが、その」
「志摩子好きー」
「黙っててくださいお姉さま」
あ、結構志摩子さんの白薔薇さまの扱いが雑なものになってきてる。けれど白薔薇さまたらめげずに志摩子さんを抱き直したりして、大好きオーラ全開だ。
「今日、お姉さまが風邪気味で調子悪いと聞いたので早く帰るよう申し立てたんですが、妙に駄々をこねられまして…」
「でも風邪くらいなら何回かひいてるのをみてるけど、こんな風にはなってなかったわよ」
付き合いが長いのだろう、黄薔薇さまが証言する。ていうかものすごく目をきらめかせてるんですけど、黄薔薇さま。友人の心配というより"面白そうな事みっけ!"て思ってるのが顔に書いてあります。
「いえ多分、私が原因なんです。その後、帰らないと言い張られたので、お姉さまの分もお茶をいれたら…その、足を滑らせてお姉さまにいれたてのお茶を顔面にかけたうえに一緒に転んで頭を強打させてしまって…」
志摩子さんが申し訳なさそうに後ろの白薔薇さまをちらりと見た。後ろにいる彼女は今までの面影なく幸せそうに微笑んでいる。
しかしまぁ、なかなか壮絶な事実。実際やられたらかなり痛いはず。そんなことがあれば白薔薇さまの頭のネジの一つや二つ、緩んだり飛んでったりもするだろう。周りの人達も白薔薇さまに同情の視線を投げかけている。
「どうしましょうか…」
頬擦りされながら志摩子さんは呟いた。別に危害があるわけではないけど、やっぱりこのままでは気持ち悪い、かなり気持ち悪い。
確かにもうちょっとこの姉妹はベタベタするべきだと考えた事はありますが。理想と現実の差は厳しいものだってよくわかった。だって
「志摩子大好き志摩子ホォーリンラヴ…!」
なんてはっちゃけながらのたまう白薔薇さま、見てるだけで勝手に涙がでてきてしまう。
「でも、どうしたらいいんでしょうか。やっぱり病院とかに行った方が…」
志摩子さんが提案を出しかけたとき、突然祐巳の上になにかが覆いかぶさってきた。

※※※

中途半端ながらここで切らせてもらいます。何故ならこのままだとオチが入りきらなそうだから。いやオチさえあるのか?きっとある信じればそこそこ救われます。

多分、多分、多分後編はサイトが作り終えたら載せます。サイトよりも先に後編が完成したら、ここに載せます。終わるか?終わるのか自分?

あと蓉子さんが普通に聖と呼んでるのは一応卒業式が近いから…という逃げ道がありました。そこに逃げ込みます。

2008年2月20日水曜日

ワカレミチ

道は続くから
分かれ道別れても
もう一度会えるから
歩き続ける限りきっと
君との道は繋がっている

※※※

眩しい
暗いのに、眩しい
なんで?

幸村は雪に照らされた朝日を受けて眠りから目覚めた。
目を擦りながら光を辿ると、カーテンが微妙にずれていてそこから反射した陽が差し込んでいる。
まだ寒い、まだ眠い。その二言を呪文のように繰り返しながら再び布団の中へ潜り込む…ことはできなかった。
「ゆきーっ!!起きろ、約束の日だぞー!!」
窓の向こうから天真爛漫な声が聞こえてくる。どうして彼女はいつもタイミングよく自分を起こしに来てくれるのだ。寝癖でぼさぼさになった髪をかきあげながら、幸村は大声で玄関前で待っているだろう柚子に返事した。

※※※

「ほら、早く!場所は待っててくれてても、時間は待ってくれないんだから」
「待てよゆず、俺まだ起きたばっかりなのに」
そんなの寝坊するゆきが悪い、なんて笑いながら言われたのに言い返せないのが悔しくて。幸村は少しふて腐れながら先を走る柚木に駆け寄った。
天気は真白な雲が浮かぶ清々しい程の晴天、加えて風もないので冬だというのに暖かく感じる。昨晩降った雪は既に道の端に寄せられて、所々に子供が雪だるまを作っていた。
なんというか「平和」、だ。中学生活はもうあと何ヵ月あるかないかなカウントダウン、高校には入学することがついこの間決まった幸村にとって受験戦争はもう無縁なものだった。隣にいる柚子も同じ高校を推薦でとっくに合格している。
そんな柚子から"約束"をされたのは幸村が合格を知る少し前の晩だった。
『ゆきが合格したら、今度の週末は写真取りに行こう』
電話から聞こえる有無を言わさないそのセリフに、幸村はただ頷くしかなかった。仕方ないなと言いながら、自己採点では余裕をもって合格圏にいたので、その日の夜のうちに用意を始めてしまったのは恥ずかしくて彼女には喋っていない。
幼馴染みの柚子と幸村はよく小さい頃から写真を撮りあっていた。初めは親任せだったカメラを二人は同時に興味を持って、小学生の終わりには自分のものを買ってもらっていた。
それから回数を忘れるぐらい、暇があれば二人ででかけて様々な場所で写真を撮った。部活の試合があれば得点をいれた姿、遠足があればはしゃいで大きく口を開けて笑いあう姿、といった具合に。
あまりにも自然な関係に周りの友人も特にはやし立てることもなく、ただの写真好きな二人としてここまできた。多分、高校でもそうだろう。
「何ぼーとしてんの?今日はとことん撮りまくるんだから、フィルムの余裕なんて考えるなよ?」
「殺生な!今月はもうだいぶ使っちゃってるのに」
「その顔もらい」
瞬く瞬間も与えずに、パシャリと小気味いい音が柚子の手の平から聞こえてきた。やられた、普段から人の顔をよく撮る彼女には幸村いえども油断してはいけないというのに。仕返しにこちらも、としたが簡単に防がれてしまったので、仕方なくカメラを空に向けて一枚撮った。
「幸村はあんま人を写さないよなー」
フィルムを巻きながら柚子が話しかけてきた。
確かに、幸村は柚子と違って人を撮ることが少ない。人物写真も嫌いではないのだけど、人が写らない無機質なものの方が気分が落ち着く感じがしたからだ。
そのことを柚子に言ってみると、少し悲しそうな顔をされたうえ、カメラの角で殴られた。
「もったいないよゆき。雲と人の表情に同じものはないというよ?こいつらにさ、記憶させたいって思わない?」
こいつら、と先程凶器となった黒いカメラを軽く指で叩きながら言われた。
「んなこと言っても…今までと変わらない日常なら、いつも同じだろ。変わらないならいいかな…と思って」
「違うよ、日常とかそういうのはいつ日常じゃなくなるか分かんない不確かなものなんだから。だからこそいつ変わってもいいように記憶に止どめるんだよ」
「なんだよそれ。つかどうしたのゆず」
幸村の顔を見ないで喋りたくる柚子にどこか違和感を覚えた。何か焦っていたり、誤魔化していたりと不安なときの彼女は、いつも人の顔を見ないで要領の得ない言葉を羅列させている。ちょうど今みたいな態度だ。
柚子は余程のことがない限り、こうやって話すことはない。幸村がこんな態度をとられたのは彼女の母が倒れた時か、大事に飼っていた猫がいなくなってしまった時ぐらいだ。
だから、柚子が今とても大きい秘密を抱えていると確信できた。
「何隠してるゆず」
今まで進めていた歩を止めて、幸村は先の分かれ道となる先端にいる柚子の背に問いかけた。何か悩みがあるなら打ち明けて欲しかった、昔から自分が彼女に力をもらったように力をあげたかった。
そんな幸村の問いに答えず、柚子は分かれる道のどちらへ行こうか悩んでいるように一度立ち止まると、予告なしで右の丘へ上がる道を駆け始めた。
「え、ちょっ…待てゆず!!」
これが文系の同好会とよく入賞しているバスケ部レギュラーの差か。男だというのに幸村は丘に着くまで柚子に追いつくことができなかった。


高く昇った太陽が遮蔽物のない丘を照らしている。まだ人の手が加えられていないため、小さな雪原となっている丘は太陽の光を反射させて、白銀の世界を作り出していた。雲一つない空の青と白銀は言葉が思いつかないくらい綺麗で、幸村は思わずここに来た目的を忘れてカメラに収めたいと思ってしまった。
しかし慌てて目的を思い出した幸村は、隣でずっと黙っている柚子の方へ視線を移し、彼女の顔を見た途端戸惑った。
柚子は顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。嗚咽も漏らさず、ただひたすらにその瞳から涙を流し続け、まるでこの世界を写真のように焼き付けようとしている。溢れる涙で周りはぼやけて見えるはずなのに、彼女はこの風景を見続けた。
そんな柚子に幸村は言葉をかけず、静かに空へと視線を戻した。そしてカメラではなく彼女と同じように自分の瞳でこの風景を焼き付けた。
「…ごめん」
どのくらい互いに喋らず時間はたったのか、不意にぽつりと柚子が呟いた。
「ん」
「いろいろとごめん」
「ん」
「幸村にね、今日はいろいろ言いたいことあった」
「…どんな?」
「でも、ごめんしか思い浮かばなかった」
俯いて、風で吹き飛ばされそうな声で柚子は喋りかけてくる。先程と違ってどんな言葉をかけるべきか幸村が迷っていると、柚子は一度拳を強く握って勢いよく幸村のほうへ振り向いた。
「ごめん、ごめん…私、もうゆきと一緒にここにいられない」
柚子の言葉の意味が分からなかった。
分からないはずなのに、頭のどこかでさらさらと"日常"というものが崩れるのを知った。今まで鮮やかすぎて、あまりにも自然すぎて、自分の一部のように思っていた大切なナニカが風に飛ばされていくのと似た感覚に足が竦む。
幸村は柚子の言葉を止めようとしたが、身体は鉄の棒を突き刺されたように動かない。
「他愛ない理由なんだけど、ね。父さんと義母さんの都合で遠くの方に引っ越すことになった」
「…んな…いきなり」
幸村のようやくだした声はとても情けないもので、自分に嫌気がさして仕方なかった。
「ごめん、話自体はだいぶ前からあった。いきなりにしたのは怖くて話さなかった私のせい」
「な…、じゃあ高校は…!?」
「まだ私立の入試が終わったばっかだから、県立にはまだ間に合う」
「そういうこと、言ってるんじゃなくて!!」
思わず声を荒げてしまい、自己嫌悪もいいところだと幸村は思った。自分もそんなことを言いたいんじゃない、違う言葉を彼女に伝えたいのだ。
しかし足りない言葉に託した想いは柚子に届かず、喉の奥に詰まっている。
「あはは、分かってるって…私も同じ高校行きたかったな…」
いつもの彼女にはない、痛々しい笑顔を幸村に向けてくる。涙のせいで目の周りを赤くして、心を隠すように頬を上げていて。
「だからそういうことじゃなくてだ…!!」
見ていられなくなった幸村は身体を思うがままに動かした。誰もいない丘だったのが幸いだ、柚子の肩を引っ張るようにして彼女を自分の胸に抱き寄せた。足下の雪が飛び散ってきらめいている。
「ゆっ、き…!?」
「あー、今更だな、今更だが言うからな。俺は沢原柚子のことが大好きだ。いつからかなんて忘れるぐらい前から好きだった」
ふぇっ、なんて素頓狂な小さい叫びが耳元から聞こえた。でもこちらも茹でられたぐらいに顔が真っ赤なので彼女のことを真正面から見られない。
「そ…そんなこと、言ったって」
幸村のコートを力の限り掴みながら柚子はごにょごにょと呟いた。少し余裕の生まれた幸村がちらりと彼女を見れば、顔を自分のコートでうずめているものの、柚子の耳が幸村と同じく真っ赤なのが確認できた。
「あ、いや引っ越しを引き止めるためとかじゃないからな。ただ純粋にだな、言おうとな、思ったわけでだな?」
「…ゆ、ゆきのばか野郎」
「…ん」
軽く心に刺さった。
「そういうの、もっと早く言え」
「ん」
「…あ、やっぱ言うな」
「どっちだよ」
「ほんとなら、今日は沢山いい思い出つくったんだ」
「…ん」
「で、最後に私が言うはずだった。ソレ」
「……」
「ゆきのばか野郎」
「ん…」
「どうすればいいの…もう頭がパンクしてる」
「あー、キスして」
「死ねばか野郎」
「……」
「あ…やっぱ死ぬのなし。悲しいから」
「どっちだよ、まったく」
「だって好きだし」
「ん、俺も」

※※※

しばらく満足するまで抱き合っていた記憶が懐かしい。
あの後の帰り道、分かれ道で幸村は右を選び、柚子は左を選んだ。行こうと思えば一緒に帰れたが、二人とも自分から別の道を選び進んでいった。

分かれ道でも繋がっている、そう確信できたから。
歩き続ければ、また一つの道になることを知っていたから。

季節は過ぎて、一巡り。幸村は必ず冬が終わりかけた頃にあの丘を登った。
季節は過ぎて、巡り巡る。気がつけば、大学に入る年齢にまでなってしまった。

※※※

季節が巡って、桜が空を桃色に染め上げている。
パシャリと小気味いい音が幸村のカメラから聞こえた。幸村は自分と同じ大学へ入学した笑顔の同級生たちを狙って、もう一度巻き上げたカメラを構えてシャッターを切る。

《パシャリ》

今度の音は背後から聞こえたシャッター音と綺麗に被さっていた。
少しの間、目を見開いてカメラを構えたまま動けずにいた幸村は、苦笑しながら振り向いた。
そこには一つの大きな瞳を構えた女性が、分かれ道を自分と同じように歩き続けた幼馴染みがいた。

「……」
「……」
「よ、おかえり」
「ん、ただいま」
「道、繋がってたな」
「当たり前、もともと一つの道なんだから」

※※※

道は続く
何度分かれ道別れようと
歩き続ける限り
君との道はつながっている

2008年2月8日金曜日

夢想狂騒曲 caprice

流転運命で黎明運命

夕暮人生な相反世界

憂鬱波紋が風化選択

疑問日常と泡沫人生

残留映像の浮遊憎悪

絶対存在は調律幻想

溶媒幸福と偽善悪事

羅列螺旋で永遠路線

※※※

—こんにちは—

…コンニチワ。

—あなたは、私を求めてくれますか?—

貴女がソレをノゾムなら。

—あなたは、私を赦すことはできますか?—

貴女がソレをノゾムなら。

※※※

夢の中で、いつも会う少女がいる。姿形は目覚めると忘れてしまう少女。彼女に残るのは印象だけなのだから、性別さえも怪しいかもしれない。
その印象、それは儚い。雪よりも透明で、花よりも容易く手折れそうで、私が動いたその影響だけで消えてしまいそう。
そして、脆い。多分どの繊細な硝子細工よりも、限りなく薄く張られた氷よりも、幼児が作り上げた揺れる積み木よりも。

彼女はダレナノカ
彼女はナニナノカ

私はそんな疑問たちにとり憑かれている。
そして彼女に会いたいと願っている。

彼女はダレナノカ
彼女はナニナノカ

ぐるぐると疑問が弧を描く。夢の中、彼女の周りで弧を描く。言の葉は相手へ落ちることなくただ茂る。

応えに答え
問いは遠い

望む答えは夜明けにある。恨む応えは夢の中に。私はどちらを選ぶのか、自分でさえわからない。自分だからこそ、分からないのかもしれない。そもそも私はコタエを欲しいのかさえも、明確ではなかったかもしれない。

応えに答え
問いは遠い

緩やかに群青は暁の色へ流転してゆく。星の輝きは陽の輝きへ吸い込まれ、月は蒼白く顔を変える。今日もまた、夢は終わる。今日がまた、夢を紡ぐ。

少女は光を受け取り、
少女は幸を受け取り、
少女は愛を受け取る。

嗚呼、昨日に感謝。私を抱えて過ぎたことに
嗚呼、今日に謝罪。私が無力に生きることに
嗚呼、明日に祈願。私に帰る地があることに

泡沫の意識が共に浮かぶコタエを見つける。言の葉が雨のように降り注ぐ。

彼女はダレナノカ、夢の少女は、私なのだ。

彼女はナニナノカ、夢の少女は、時なのだ。

泡沫の意識が浮上する。言の葉は全て落ちた。

もう話すこともない、もう知ることもない。

これにて夢想狂騒曲は終焉也、またのお越しをお待ちしましょう。

2008年2月7日木曜日

優しい鎖

白き花びらの頃の蓉子中心話です。時折意味不かもしれません。口調とか違ってたらすみません

※※※

彼女は貴女にとって天使で、彼女は貴女にとってかけがえのない存在だ。

じゃあ、私はいったい貴女にとって何なのだろう…

※※※

「蓉子はどうか分かんないけど、私の聖の印象てさ、消える、なんだよね」
突然の江利子の言葉に、私は手に持っていたコップを落としてしまいそうになった。
ここは薔薇の館。お姉さまがたや妹たちはまだ到着していないため、そして滅多に来ない聖もやっぱりいないため、まだ部屋には江利子と私の二人だけしかいない。
今の時期はこれといった企画もないので、特に話題もなく、それぞれ好みのお茶を飲んでいたところに江利子は私にとって爆弾のような発言を投下してきた。
「聖が、消える…」
「そう、どこかに突然ふらふらって。予告もなく予兆もなくあてもなく」
でもまあ、今の彼女なら行くところは久保栞がいる場所でしょうけどね、と少し皮肉めいてから江利子は再びお茶を口に含む。たしかに、今の聖に久保栞は欠かせない存在となっている。
今まで人に興味というものを示さなかった聖を知っているからこそ、彼女の存在の大きさがよくわかった。そして彼女たちが突き進んだその先の結果も、月日が過ぎる度に考えたくはない予測が確実なものになってゆく。
「蓉子?」
「え…、ええ、確かにそんな感じはするわね…」
私は心空ろに返事をした。ここのところ、私の中には一人の友人に対しての不安と焦りが渦巻いている。白薔薇さまやお姉さまはそれを知っているのかいないのか、小さなミスを続ける私に何も言わない。
その不安の源が私の"お節介"だと自覚はあった。私が聖に世話を焼かなければ、彼女の幸福な生活の水面に波紋を生じさせることはない。
だけど世界は彼女たち二人だけで構築されているわけではないから、私という"お節介"な存在もその世界に関わっているから。未来に傷つくと分かったら、それを防ぎたい私は貴女に嫌われたとしても、行動してしまう。助けたい、硝子細工のような美しく繊細な彼女が傷つくのを見たくない、守れるなら憎まれ役だって引き受ける。
「…ま、たわいのない話もそこそこに。今日はちょっと用事もあるから、私はもう帰るわね」
お茶を飲み干したのか、もう湯気のでていないコップを持ち上げながら江利子は帰り支度をし始めた。
「そう、私はお姉さまが来るまでいることにするわ」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
リリアンの挨拶を終えると、江利子は振り返らずに手だけをひらひらさせてビスケット扉の向こうへ消えていった。
静寂が、薔薇の館を包む。時計の音が一秒ごとにそれを破るのが鬱陶しくて、電池を抜いてやろうかと考える。隣に誰もいないことがこんなにも苛つかせるのは初めてで私は少し戸惑った。
私の苛つきは心をばらばらに崩してゆく。心のパズルに一つだけピース足りない、必死に探す私をみて聖が冷ややかな笑みを浮かべている。彼女の手の平には最後のピース。

聖、それをちょうだい。残りの一つなの。

呟く私に、けれど彼女は苦笑しながら、背を向け去って行く。先程の江利子のように振り返らずに手だけをひらひらさせて去って行く。
行かないで、行かないで、

※※※

珍しい光景だ。聖はしばらく扉の前で固まってしまった。
今日は栞は用事があると言ったのでマリア像まで彼女を送った後、久し振りに薔薇の館へ行くことにした。特に企画もない時期だから座談会となっているだろうなと考えていたものの、いざビスケット扉の前に立ってみると物音一つしないではないか。仕方ない、誰かいないかどうか確認してからさっさと帰ってしまおう、そう思って開けた先に視界へ飛び込んできたのはなんと紅薔薇のつぼみである友人、水野蓉子の居眠り姿だった。
いつものお節介で世話焼きな何かと完璧にこなす彼女が眠っているとは。何もない季節なのだから疲れたというわけではあるまい。
紅茶も飲みかけで、少し寝苦しそう。滅多にない彼女を観察することは丁度良い暇潰しとなった。
耳を澄ますと何か寝言も言っている。よく聞こえなかった言葉が次第に蓉子の大きくなる声に乗って聖の耳にまで届いて来た。
「いか、ないで…」
とても苦しそうに、切なそうに、悲しそうに、蓉子の口から言葉が洩れる。
「いかないで…!」
「何処へ誰が行くのよ?」
「うわっ!?」
このまま寝かしていると目覚めを悪くさせるだろうと声をかけたら、飛び跳ねるように蓉子は身を起こした。
「ごきげんよう」
「え、えぇ、ごきげんよう…じゃなくて。聖、いつの間に来ていたのよ。起こしてくれてもよかったのに」
「別に。たまには大変そうな蓉子を休ませようと。後、滅多に見れない友人の寝ぼけ面も見られたし」
自分のふざけた答えに蓉子は眉にしわを寄せながら、冷めた紅茶を入れ替えるため席をたった。そんな姿をみて少し上機嫌になった私はさらに質問をなげかける。
「で、何処へ誰がいくのよ?」
「………」

※※※

「………」
私は答えず、おかわりした紅茶を飲んではぐらかすことにした。そろそろお姉さまか妹が来てもおかしくない時間だというのに、まだこの部屋には二人しかいない。聖はまだ私の夢に興味を持っているらしく、透き通る瞳でこちらを見つめていた。
だけどそれもしばらくのことで、無言を突き通す私に呆れたのか興味を失ったのか、顔を横に向けて窓の向こうへ視線を移した。
あぁ、これが怖かったんだなと思考の片隅で思う。
そう、私は怖いのだ。聖が何かに興味を失い、雪のように消えてしまうことが。久保栞ではない、他の周りの何かへの興味を失ったらきっと彼女は飛び立って行く。さしずめ、私は聖を地上に束縛する鎖だ。天使たちが飛び立った蒼空に待ち受けるのは、きっと硝子細工が砕け散るような現実だから。
なのに少しずつ、少しずつ、私という鎖は細くなり錆びついてきている。側には白薔薇さまもいるが、それでも足りない。
聖がコーヒーを飲み終わり、水道へ行くのが見えた。雰囲気からすると私以外誰もいない薔薇の館にいる意味はないらしく、帰るつもりだ。
その姿が先程の夢の聖にそっくりで、私はさらに恐怖に囚われた。私の心の最後のピースを手に持って、千切れた鎖から開放されて、空に飛び立ってしまう。そう思うと共に、私は頭で考えるより先にコップを洗い終わった聖の手を掴んだ。
「…なに、蓉子?」
聖は訝しそうな顔をして私に尋ねる。
「あなたなのよ…」
「え?」
俯いて、呟く私に聖の声が降り注ぐ。
「さっきの質問の答えよ…あなたがどこかへ行ってしまいそうで怖かったの…」
「………」
「どことは言わないわ、ただ、いかないで…ここにいて…」
私は彼女の目ではどう見られているのだろう。私は彼女が硝子細工にみえる。束縛されるべきではない天使にみえる。
だけど聖は人間で、地上から消えてはいけない存在で。
「…蓉子、痛い」
「え、あ…ごめんなさい」
少し強く掴みすぎたらしい。慌てて手を放すと聖は赤みがさした手をぷらぷらさせてから溜息を一つはいた。そこにどんな意味があるか、それは彼女自身しか知らない。
「遅れてごめーん、ちょっと先生に捕まっちゃって」
二人の間に沈黙が降りるか降りないかの頃合に、ビスケット扉が開かれて白薔薇さまと私の妹の祥子が現れた。わざわざ白薔薇さまは祥子と肩をくんでの登場である。
「って、おや珍しい。聖が来ているなんて久し振りじゃない」
「ごきげんよう、お久し振りですお姉さま」
「なになに?また私が祥子と一緒に来たのが気に食わないの?」
「自分の妄想を膨らませないでください」
白薔薇姉妹が言い合いをしている間に祥子は静かに私の隣へ納まった。そして私に一度顔を向けると綺麗な顔の表情を曇らした。
「お姉さま、何かありましたか?」
「えっ…ううん、何もないわ。心配かけるほど顔色悪かった?」
「いえ…ただどこか苦しそうというか、そのような感じがして」
相変わらず、祥子は人の感情に関してとても敏感だ。隠そうとも、すぐに見つけられてしまうみたいだった。
「そうね、少し苦しいかもしれないわ…でも大丈夫。このくらいで折れてたら、私はとっくに"お節介焼き"の性格を返上してるもの」
祥子は話についてこれずに戸惑っている。
白薔薇さまはまだ聖で遊んでいる。
聖は少し困った顔をしながら彼女のお姉さまと話している。
それでいい、聖や久保栞には悪いけれど、まだ貴女たちを地上から放すわけにはいかない。
いつかは切れてしまう鎖だけど、いつかは崩されるパズルだけど、まだ磨けば錆は落ちるし、パズルはまだ完成さえもしていない。
がんじがらめでは硝子は砕ける。あなたにとって私は何なのかは分からないけれど、私はあなたにとって何であるべきか。それの感覚だけでも掴めたと思う。

悪いけれど、まだまだ私はあなたに"お節介"をしてしまいそうだ。

2008年1月28日月曜日

永き聖夜

今、あなたはなにをしていますか?
この空に続く場所にいますか?
あの頃のように笑顔でいてくれていますか…?

永き聖夜

ゆらゆらと夜の海に漂う感じ。だんだんと浮かび上がって、息苦しさから開放される。
呻きながら重たい瞼を上げるとまず視界に入ったのは茶色い机だった。何故だと考えてようとしても頭は上手く回らず、少しふらつきながら私は顔を上げた。上げた、ということはどうやら私は眠ってしまったらしい。そういえばなにか懐かしい夢を見ていた気がする。
「…さま」
「ん…、し…おり?」
私の隣からふんわりとした声がした。だから感じたままに相手の名を呼ぶ。
記憶が曖昧で、一瞬自分が何を口走ったのかも分からなかった。
「志摩子です、お姉さま」
「ぁ…、あぁ、ごめん志摩子」
余程寝ぼけていたらしい、よりによって志摩子を栞と間違えるなんて。見渡すとここは薔薇の館で、蓉子や江利子たち紅、黄薔薇組はまだ来ていないようだった。
そこまで頭が働き始めるとようやくついさっきまで見ていた夢の内容は去年の再生だったことを思い出した。
あの頃からもう一年、まだ一年しかたっていない。昔の栞と出会っていた自分ならどちらにとらえていただろうか。きっとまだ一年しかたってない、もっと栞に会いたいもっと栞を知りたいもっと栞と一つになりたい、と両の手で栞を抱き締めただろう。いばらの森の中、互いが求めれば求めるほど傷つくことも知らないまま。
(まずいな、今日は随分と感傷的になってる)
ついこの間、「白薔薇事件」と言われるものが発生して再び記憶を見つめなおしたせいか、それとも彼女との別れの日が近いからだろうか。
多分、どちらも正解だ。
「お茶、いりますか?」
溜息をついたのが聞こえたのか、自分のお茶を用意していた志摩子が振り返りながら聞いてきた。溜息の理由は聞かない、丁度良い距離を保っている私の妹。
「うん、お願いするわ」
こぽこぽと志摩子がお茶を煎れる静かな音が部屋に響く。私は目をつぶりながら彼女がこちらにくるのを待ちわびた。薔薇の館にはまだ誰もこない。
こと、と机に湯飲みが置かれる音がしたのでゆっくりと瞼を上げてありがたく口に含んだ。今日は少し渋めな緑茶で、今の私にぴったりな味だった。隣では志摩子が同じようにお茶を飲んでくつろいでいる。まるで警戒心を解いた兎のようで、私は微笑むと共に心に小さい棘が刺さるのを感じた。
「ありがとう、志摩子」
私をいばらの森から連れ出してくれて。互いに鏡となって写しあってくれて。
ごめん、志摩子。
貴女を知り過ぎた私は貴女を救うことができない。まだ私以外にその表情を表させることができない。
「いいえ、お口に合いましたか?」
お茶に関しての感謝と勘違いした彼女は首を傾ける。
「うん、志摩子の煎れるのならなんでも美味しい」
というか志摩子がくれたものならなんでも嬉しい。
なんてあまりにも率直に言ってしまったためか、言われた彼女はほんのりと頬に赤みをさしてうつむいてしまった。やっぱりわが妹は可愛いなぁと思ったのは祥子や令とまではいかないものの、私だって時々は妹ばかになりたいからである。
窓へ視線を向けると桜の花びらのように白い雪が舞い降りてきていた。くわえて一階から誰までは分からないがこの部屋へ向かって階段をきしませながら上る音がする。
その音を聞き取った志摩子はゆっくりと薄い心の殻を被り、先程の表情を消し去った。私は思わずにはいられない。…栞、貴女もこの子に出会ったら私と同じことを願っていただろうか?

嗚呼、私に勝利したマリア様よ。負け犬の願いでも聞いてくれると言うのならば、どうか志摩子に良き理解者を、良き救い手を差し延べてくれたまえ。

どうかこの願いを聞いてくれたまえ。この願いを聞いてくれたまえ。

永き聖夜に一つの願いを、どうか


※※※

樹とか、まだいばらの森読んでなかったらすみませんorz
めがっさ久し振りに書いた二次創作、聖栞を書こうと思いきやいつの間にか聖志摩子になっていました何故に?ちなみに冒頭部分はマリみて組曲のyou辺りの歌詞なのです、あやばい羽入が…

十六夜御伽話 四・前

初めては、偶然からだった。
自分から奏でられる物語はどれも歪で欠けていて、とてもじゃないけれど売れるものではなかった。無理矢理書き終えて、無理矢理売って、無理矢理稼いで…。納得なんてできるものが一つもない、満足できる仕事ができない苛立ちは自然と恋人への暴力というカタチに変わり解消されるようになった。
献身的な彼女は始めこそ驚いて泣きわめいたが、すぐに無抵抗に私の怒りを受け止めるようになる。私もその時だけは彼女にこの苛立ちをぶつける事こそが愛情と信じて疑わなかった。
だから花瓶で彼女を殴り殺した時は一番の愛情を捧げていたといっても違いない。

※※※

今日はどこの占い番組でもワタシの血液型や星座は最下位だったんだ。しかもいつもなら外れることが多いというのに今日に限って全て的中するなんて。会社には電車が遅れて遅刻しそうになるしいつもの上司が会社を休んだものだから難癖つける嫌味な人の下で働いた。昼食だってお気に入りの食堂が改装中でお休み、極めつけは彼との食事の約束を放棄せざるを得ない残業を任されたことだ。
今日は最悪。
明日は最高。
ほら、後数時間もすれば今日は昨日になるし明日は今日になる。そうすれば嫌な事はなくなって、きっと楽しい明日がくる。鼻歌でも歌えばそんな気分になれるかしら?ただでさえ今通っている道は夜を凝縮したように暗くて気分は俯き気味だ。ぽつぽつと配置された電灯はその闇をさらに強調するだけで、なんだか言葉では言い表せないような怖さがあった。映画だと、こういう雰囲気のときいつの間にか殺人鬼やらエイリアンやらが背後にたたずんでいるものだ。まさかなんて笑いながらその可能性を打ち消すためワタシは今まで歩いてきた道を振り返ってみた。

振り向いた先には妖しく輝く銀色のナイフがワタシの身体へ向かっていて、ワタシは今朝見た占い番組を思い出す。

"今日は蟹座の貴女にとって少しばかりアンラッキー、早めに寝ちゃって明日に備えよう!"

ああ、今日は早く寝なきゃなぁ…

※※※

犯人に追いつくまで残り50mをきったところで、会社帰りであろう女性が犯人のほうへ振り向いたのが見えた。やはり突然視界に殺人鬼が写ったことに混乱した彼女は硬直してしまい動こうとしない。そうもしているうちに犯人は月光に煌めく刃を振り上げて、女性の肌を切り裂こうとする。残り20m、俺の速度じゃその凶行を防げない。飛び道具を使おうか考えたが、犯人の上空に浮かぶ人影を見てその必要はないと判断した。
セピア色のロングコートを翼のようにたなびかせ、華麗にかつ絢爛に、我らが社長の織谷嗚呼は犯人と女性の間に丁度降り立った。
「問答無用だから。未遂現場はばっちし見たわけだし」
コートのはためきが地面につく間もなく、流麗な蹴りを犯人に繰り出した。もともとモデル顔負けの脚の長さを誇る社長の蹴りは長くそして鋭く的確に相手の右手の甲に吸い込まれ、その衝撃で彼が握っていたナイフを弾き飛ばす。クルクルと月光を反射しながら回転するソレは俺が犯人の背後に辿り着いた時に暗いアスファルトへ叩き付けられた。
襲われそうになった女性は状況を理解したが頭がそれを拒否しているのか悲鳴さえあげずに腰を抜かして呆然としている。
兎も角、俺たちは犯人を追い詰めた。

《……、棺凪くん…棺凪、くん聞こえ、てま、すか》
「聞こえるよ」
雑音を交えながら上条奏からの連絡が再び俺の耳元に届いてきた。武器を弾かれたとはいえ、今まで五人も殺している殺人鬼を前に緊張を解くことなく応答した。社長といえばそんなことしなくても勝てるという自身の表れか、犯人に背を向けて女性の介護にあたっている。
《状況を、説明お願いします》
犯人は武器を失ってから途端にまとっていた殺気を霧散させ、むしろ頼りないような雰囲気になっている。俺はそのあまりにもの変化に違和感を感じながらも先程までの経緯を手短に伝えた。
すると、やや焦りの感情を含んだ奏の声が返ってきた。
《……棺凪くん。先程の話の続きですが結論を先に言ってしまいます。世の中壁に耳あり障子に目ありという言葉があるように情報がまったく洩れないことは有り得ません。けれど、もしその》
生暖かい風が冬だというのに向かい風で吹いてきた。正確には、違う。生暖かいモノを乗せた風が吹いてきたのだ。
《耳も目も、自分自身のモノだったら…と考えたら目撃情報が皆無なのも納得できてしまう…そう思えてきたんです》
つまりは、
「ここ近所一帯が総ぐるみで犯人を庇っていた、それどころか犯行のお手伝いもしちゃってたってことらしいね、棺凪くん」
有り得ない聴力で俺と上条奏との会話を盗み聞きしていたらしい社長は、襲われそうになった女性を逃がしても助けられないと判断したのか気絶させながら答えを口にした。
鉄の臭いを含む生暖かいモノは、俺の足下にすじをつくりながら伸びてくる。
その紅色のすじを辿ると、先の殺人鬼は倒れ伏し、代わりに新しい殺人鬼が手に包丁を持ってすぐそばの家の玄関でたたずんでいた。それどころじゃない、周りの家から次々と様々な凶器を持った殺人鬼が現れてくる。どこぞのB級ホラー映画かこの現実は。
「めんどくさいね、この中からホントの犯人を見つけるのか…棺凪くん、分かる?」
「いくら俺の鼻が犯罪者に敏感でも、全員がそうなら意味ないですって」
俺の中を巡る一族の血は咎人を見分ける力を持つ。咎人の基準なんて曖昧なものだが、血の力や世界の流れなんてもっと曖昧なものが現実には溢れかえっていると割り切って俺はそれを受け入れている。
受け入れればなかなか便利なモノだがいかんせん広範囲の索敵に適したものなので今のように沢山咎人がいる状況では役立たずだ。
「というか社長こそ殺気の違いが分かるでしょう、そっちの方が確実です」
「だからめんどくさいねって言ったの。割に合わないことはしたくないし…なんか違和感あってしたくないし…」
「どこの幼稚園児ですか貴女は」
「幼稚園児…!?ちょっと、それは社長に対して言う言葉かね!棺凪くんには節度ってものがないの?」
「なっ、それを社長が言いますか!?犯人探しから面倒くさいなんて言って友達無理矢理捕まえて犯人見つけたくせして!!」
「そんな君は刀切一族が分からなかった犯人を一人で捕まえられるとでも思っていたの?いいじゃない、結果がよければ」
「大勢の素人殺人鬼に囲まれてさっきから一方的に攻撃されてるのが良い結果なんですか…!?」
二人で口喧嘩なんかしている間にどんどん危なげなものを持った住人が増えてきている。増えているうえに俺たちを攻撃しだしてるものだから困った。刃物の使い方が素人じみていると逆にやりにくい。
「あっはっは、やはりまだまだだね棺凪くん。こういう時にこそ幸帆と奏ちゃんの出番だよ、奏ちゃん聞こえてる?」
《はい、その行為を他人任せと言って良い結果ではない気がしますが。…というか幸帆さんを起こすんですか…》
社長は俺から片耳のイヤホンを奪うと耳にはつけずマイクのように使いながら上条奏と連絡を取り始めた。
「なんか凄く嫌そうなのは幸帆がさっきまで暴走してたってこと?」
《はい…大変だったんですよ、定時連絡終わってからずっと彼女の話が止まらなくて。本当にどうしようもなくて、久し振りに最終手段の鈍器殴打までいきました…》
つまり幸帆さんは今気絶中だというわけだ。って上条奏をそこまで至らすなんてどんだけ暴走したんだ幸帆さん。
「じゃあ奏ちゃんでもいいや」
気絶している幸帆さんを起こすことをすぐに諦めた社長は代わりに上条奏を助っ人として使うつもりらしい。
「…というわけで、今ちょっとゲームのような状況にあるわけなのよ。ラスボスってどこらへんにいるものなのかな?」
《…バ〇オですかデビルメ〇クライですかサ〇レントヒルですかその状況。ああリアルゲーム!やってみたいですねキャラはもちろん嗚呼社長で私だと雑魚にも殺されそう…ってそうでした現実ですこれは。人は殺さないでください。そうですね…ラスボスの性質によりますけど今回の犯人は傍観している気がします。雑魚たちなんてどうでもいい関係ない、我が道を行くタイプだと思うので》
極度の刃物狂の幸帆さんもあれだが、極度のゲーマーである上条奏も似たり寄ったりだ。…俺の周りに普通の女性はいないのか?
俺にも聞こえるよう片耳のイヤホンを俺に手渡しながら、普通の女性じゃない世界代表の社長は辺りを見渡した。
しかし周りは次々と現れる住人に埋め尽くされていて、とてもじゃないがたった一人の傍観者を見つけることはできない。
《あ、けど幸帆さんが気絶する前に一つ手掛かりになりそうなこと言ってた気が…》
今は猫の手も借りたい俺たちは上条奏の言葉に耳を傾ける。
《犯人の手口が同じなのは理由があるから、たとえそれは常人には理解できないものでも犯人にとっては譲りがたいものの場合が多い。だからもしその譲りがたいものの領域に邪魔な存在が侵入してきたとき、犯人はいったいどんな反応を起こすんだろうね…って喜々とした表情で喋ってました》
「それだ」
彼女の言葉を聞いた社長は魚の小骨がとれたような顔で呟いた。
そして一つ深呼吸をするとなんと自分からの攻撃を止め、必要最低限の防御に徹し始めた。
「なにやってんですか社長!?」
俺は慌てて周りの殺人鬼たちを気絶させると社長のそばに駆け付ける。だが心配したというのに彼女は何か企んだ時の笑顔で傷つけられていた。社長はマゾでもないし(むしろサドだ)こんな相手に傷をつけられるほどひ弱でもない(最強といっても過言ではないし)。
どこに本当の犯人がいるかわからない状況だけにその行動の理由を聞く訳にもいかない。どうしようか悩んでいたら、社長は小さいジェスチャーで俺にも同じことをしろと伝えてきた。それや彼女自身から発せられる尋常じゃない自信に俺は苦笑して言うとおりにするしかなく、彼女に全てを任すことにした。次に俺が動く時は犯人が俺たちの前に現れたときだ、出血量分は仕返しがしたい。

空に傾きながら輝く月は夜が半分以上過ぎたことを示していた。しかしこの夜の夜明けまではまだ永い。


→四・後に続く…?

2008年1月5日土曜日

十六夜御伽話 参

逃げるためだけだったのかもしれない。自分の名の重さに耐え切れなかった弱さを抱えたまま、俺は廃色をしたビルの中へ喰われていった。
そこに待ち構えていたのは荒んだ世界にふさわしい魔王のような女だった。彼女が持つ全てが常識では有り得ないもので、常識ではなかった俺は成す術もなく彼女のもとに納まった。非常識すぎて常識、そんな彼女に俺は救われた。

※※※

遠くから微かな声が聞こえる。深淵に浮かんでいる俺の意識はその声に反応するのを拒否したので俺は体を動かさずにいた。
「って起きろ阿呆棺凪!割りますよ頭蓋骨!」
「いやそれはタンマつか痛い痛いマジで掴まないで割れますから冗談抜きで!!」
ゆらゆらとしていた俺の意識は頭蓋骨からの危険信号を受信したことにより急上昇して慌てながら身体を動かした。目を開けると薄く青筋をたてた社長が俺の頭を鷲掴みにしているのが見える。
けどちょ、なんか頭からピキッて音が、ピキッて危ない音がしたんですけど。
「棺凪くん?私も眠いの我慢してこんな寒い夜の中犯人の家に張っているんだよ?なのになんで君はそんなに健やかに寝息を立てていたな?」
「すいません許して下さい気がついたら寝ちゃってましたんでこの睡眠時間分はちゃんと起きてます」
当たり前だ阿呆。
なんて言われると反論できないわけで。俺はよっこらせと親父くさい掛け声と共に横たわっていた枝から隣の枝へ飛び移った。

今俺と社長は犯人の自宅近くの常緑樹のなかにいる。役割分担を終えた後、装備を確認するとすぐに行動を起こした。今回動くのは俺たちだけなので、幸帆さんと上条奏は新しい情報が入ったときの連絡係として会社に残っている。
幸帆さんから教えられて驚いた、いややっぱりかと思ったことは既に刀切一族率いる警察が犯人特定一歩手前にまで来ていたことだ。
しかし後一個と言うそれが掴めないため、この会社が頼られたらしい。現行犯確保という危険だが手っ取り早い方法だ、と彼女は言っていた。多分社長はその意を汲んでこの依頼を受けたのだろうとも。
俺たちが犯人の自宅、無駄にデカくてあからさまに金持ちを強調している家についたのはその日の夕方で、人目につかないように上った樹には社長に借りをもった友人が俺たちの到着を待ちわびていた。それはもう俺たちを視線で射殺せる勢いだった。何回か会ったことのある人だけど今回は格別機嫌が悪かった。
てめぇいっつもいっつも人が約束してる日に限って物事頼むな借りは充分返しただろもう金輪際私の目の前に現れるなこの悪魔外道鬼畜
と捨て台詞を社長に全力投球した後その人は三階分はあるこの常緑樹から飛び下りて行ってしまった。自称鬼である彼女も有り得ないけど殺意をあらわにしたその人の言葉を爆笑で受け流す社長はもっと有り得ないのでやっぱり彼女は人外ではないかと思う。
そうしてかれこれ五時間ぐらいたっただろうか、何回目かになるか幸帆さんとの定時連絡を行うとそろそろ犯人の活動時間が近付いていた。
「今日は活動しないんじゃないですか?全然動き出す感じじゃないんですけど」
「いや、ここんところ犯行のペースが上がってきてるんだ。前の殺しからもう五日になるから今日起きてもおかしくはないね」
今更だが、今回の仕事は結構根気が必要のようだ。
社長と交替で仮眠を取りながら、ひたすら犯人の気配を窺っていた。犯人がこの家に入っていることは先程の社長の友人が確認しているし、その気配が動いていないことは今まで張っていた俺たちが分かっている。
気配を感じるのは、水面を視ることと似ていると俺は解釈していた。何もない水面に一滴落ちて波紋を造り出す。波紋に違う揺れを感じたなら新たな気配が、波紋が違う位置に表れたなら気配が移動したことになる。眺める俺は水面なのか波紋なのか、何なのか見失いかけることもあるけれどそれさえも心地よいと思えるぐらいその世界は静寂と平和に囲まれていた。
そうして俺が水面の世界に浸っていると、今まで一定のリズムを刻んでいた滴が急に荒々しいものに変わった。波長は同じなのに津波のようにざわめき水面を乱してゆく。人が造り出すものではないそれに俺は身を引き締めながら、仮眠をとっている社長を揺さぶり起こそうとした。
「起きてるよ、それよりも集中して。相手がどこから出るのか分からない、まさかとは思うけど見失ったらお終いだよ」
「了解」
神経をさらに研ぎ澄ましてその家全体細部に至るまで探り出す。ゆっくりと、濃密な殺気を撒き散らすソレは正面玄関へと向かってゆく。今、ドアノブに手をかける。回す。引く。姿を、現す。
《緊急連絡、入れます!行動は起こさないで下さい!》
って、うおぉ!?
突然耳元から上条奏の声が響き、俺の緊張の糸は一刀両断された。先の定時連絡以降その存在を忘れていたイヤホンから彼女の焦った声が聞こえてくる。イヤホンをつけていない社長に身振り手振りで伝えると俺は奏の話に耳を傾けた。
《棺凪くん、聞こえますよね?そろそろ犯人の行動開始時間だとは分かっているんですが、一応聞いて欲しいことができたので…》
「聞こえる。今ちょうど動き出した所だ、尾行を続けながらでもいいか?」
《構いません、ちょっと矛盾というかおかしいと個人で思ったことなので》
「矛盾…?」
《単純で、忘れがちなものなんですが。棺凪くんは彼の殺人方法は分かっていますよね?ハンマーで相手を殴り倒した後、意識があるない関わらず正面から皮膚を切り開いて内蔵を取り出すという方法です》
「ああ、気分がおかしくなるような方法だ」
《それは犯人が返り血を浴びなければならない方法でもあり、犯人自体意図的に血を浴びるような切り方をしていると幸帆さんが言っていました。彼女、死体を実際に見せてもらっただけでナイフは何を使ったかまで理解しちゃったんです》
「まぁ、刃物狂の幸帆さんならおかしくはないだろ…」
そう、相沢幸帆の唯一と言える欠点は刃物に関することに尋常ではない反応を示すことだ。彼女の持つスクラップ帳は全て刺殺によるもので埋まっているし、毎月ナイフマガジンとやらを経費で購入しているためか名工の名前は一通り言えるうえ、目利きだ。一番困ったことはそのジャンルの話題となると小一時間は恍惚とした表情で語り出すことだろうか。
《それで、おかしいと思ったんです》
「…なにが?」
《犯行時間は確かに深夜です。目撃情報がないというのも納得できますが、それは最初、少なくとも二回目までが限度です。有り得ないんですよ、もう五回も繰り返しているのに犯人像が浮かび上がらない、目撃情報が出てこないというのは》
犯人は動き続ける。時たま電灯の光をうけ刃は妖艶の瞬きをつくりだす。
《返り血を浴びたのなら遠目だとしても電灯で分かります。それに殺人現場は人通りがまったく無いといいきれる場所はありませんでした。深夜とは言え、酔っ払いしかいないとは言え一人二人は目撃してもおかしくない場所で彼は人を殺しているんです》
確かに…、確かにそう言われるとそうだ。奏の情報を頭の中で少しずつ咀嚼してゆく。

…何故?

その一言を口にしようとした瞬間、これまで凝縮されていた殺気が突然弾け飛び犯人は音もなく100m近く先の会社帰りであろう女性へ向かって走り出した。こっちからしてみると彼女は2、300mは離れている。
「まずい!奏ちゃん、話は後で!!」
《え、え?!》
「先に行く、後に来て棺凪くん」
いつの間にか地上から電柱へ移動した社長は少し力を溜めると文字通り飛んでいった。俺も持てる限りの力を入れて地面を駆ける。上条奏の話は頭の隅に引っ掛かったものの、被害を食い止めることの方が優先だった。

連続殺人事件最後の夜が始まる。

2007年12月16日日曜日

サクラマウカナタノキミ

夢をみた。
いつの頃かも分からないくらい、遠い記憶の彼方のユメ。桜舞う季節、緩やかに始まりを告げられた全てが眩しい蒼空の下、その人は振り返る…
顔も忘れてしまったけれど、とても暖かい笑顔はまるでその人の上で咲く桜のようだった。
桜雪に包まれて、ボクの夢は花と共に舞い上がった。

 サクラマウカナタノキミ

〜四月〜
薄桃色の淡雪が新入生達を歓迎していた。既に嵐の様に花びらを散らす咲乱れた桜だが、まだその木には雲のごとく咲き誇る花たちが残っている。
まだ幼さの抜けない新入生達は落ちるそれを掴もうと両手を伸ばし燥ぎあっていた。地面には雪が降り積もったと見間違うほどの量の花びらたちがアスファルトを多い隠している。
「なーに惚けてんのさ佐倉」
「別に惚けてなんかないって。センチメンタルと言ってくれ」
「変わんないっつーの」
「日高酷い」
お気に入りの屋上(一般生徒出入り禁止)なのに、何処から現れたのか金髪の青年はボクの横で寝転がり、風にのる桜のカケラを眺めていた。
「桜、綺麗だ」
何当たり前言ってんだ、と返答が返ってくる。この男でも桜は綺麗なのかとちょっと驚きを感じる。
「お前、今俺に対してなかなか失礼な事考えてただろ」
まさか、なんて微笑を浮かべながら誤魔化した。日高は勘だけで生きてるだけあって侮れない。
「だから失礼な事考えるんじゃねえ」
はいはい。
おざなりの返事をしながら視線を桜から新入生へと移した。入学式が終わり、緊張感から解き放たれた彼らは多分これからの学校生活に希望を膨らませているのだろう。なんだかそれを想像しただけで自分自身にも希望が溢れてくる気がしてしまう。
「わ、ねぇ、日高。綺麗な子がいるよ」
「なにどこだ!!?」
そこまで必死になるなよ、悲しくなるから。
「うるせ、お前だって恋人いない歴が年齢だろがよ」
自分もそうだってのに、いけしゃあしゃあとこいつは。まったく、これでも日高には隠れたファンや片思いしている方々がいる。なのに定番というか、恋愛感情に関してのみこいつは超がつく鈍感野郎だ。
あきれ顔になりつつも、ボクは不思議と目に止まった少女の方へ指をむけた。
「ほら、あそこにいる一人だけ和服の子」
桜に合った薄桃色の着物を着て、珍しい着物と同じ色をした長髪を綺麗に結い上げている。アルビノ、突然変異の白い子をそう呼ぶらしいが彼女がそうなのだろうか。
「……はぁ?全員なんちゃって制服じゃねぇか。着物を着てる奴なんかいないぞ」
「ええ?」
日高のその言葉にボクは驚きの声をあげる。あんなにも目立つ子だというのに日高は見落としたのか?
「だってほら、あの一番大きい桜の下にいるじゃんか。桜色の髪と着物の…」
「おっまえ、俺をからかってんだろ。そんな奴いたら一目で分かるっつの」
なんかヤバいモノでも視えてんじゃないのか?
日高の声が遠く聞こえた。しかしボクはそんなことを気にせずに、突如、無我夢中で屋上から一階を目指して駆け降りた。
何故だか分からないけれど、ボクはあの子を知っている気がしたから。そして今しか話す事ができないということも判っていたから。

※※※

正門へとなだれ込む新入生の波を掻き分けて、ボクは人気の少なくなった桜の下へ向かった。
彼女は二三ほど並べられたベンチの端にボクに背を向ける格好で座っていた。
髪には舞い落ちた花びらがついているのだろうけど、髪と色がまったく同じなので目を凝らさなければ分からない。
「…あら、こんにちは」
ボクがどう切り出そうか迷っていると、彼女はボクの存在に気がつき振り向いた。柔和な笑みを浮かべ、色素の薄い瞳を細めている。
「返事は、するものよ?」
「あっ…ああ、ごめんなさい。こんにちは」
「ふ、ふふっ。今度の子は随分素直な子なのね」
なんだか母親みたいだ。どことなく話すタイミングというかそんな感じなものが取りにくい。ボクがまた話をしようか迷っていると、彼女から話題を出してきた。
「私が視えて、私に会おうとして、私に会い、話しかけ、貴方は何を望むのかな?」
謳うような口調で、彼女は言ノ葉を紡ぎ出す。聴いていて心地良くなるような声だ。でもボクは彼女の問いに答えなかった。いや、答えられないの方が正しいのかもしれない。
「なぜならそれに対する答えがないのだから。なぜなら答えがないという答えは答えではないから」
「あら、答えがないというのも立派な答えよ?」
ボクはフルフルと首を振った。頭についた何枚かの花びらが風に乗る。
「…まぁいいわ、それが貴方なのならそうななのでしょう。けれど、目的はあったと思うわ」
「そうですね、あなたに望むものはなくても目的はありました」
彼女は座ったまま動かない。春の日差しが透明な肌にあたり、静かに吸い込まれていく。ボクとは全然違う肌だなと思った。
「貴方は母と父を出会わせてくれたと二人によく聞かされました。覚えていますか?以前此処で背の低めな少女と背の高めな柄の悪い青年に出会ったことを」
斜めに首を傾げてしばらく考えていたようだけれど、思い至ったのかふとこちらに視線を向けてまじまじと見つめてきた。なんだか恥ずかしいな。
「えぇ、えぇ…思い出しました。そうですか…私にはほんの刹那でしかない時も、貴方方にとっては永いものなのですね…確かによくみるとお二人のよい所ばかりが集まった、とても美しい顔です」
心構えをさせずにサラリとそんな事言われるとどう対応したらいいかわからない。確かに、母と父の言う通りの性格だった。
「貴方に会えたら是非一言礼を言ってきなさいと言われたもので。屋上に友人を置いたまま来てしまいました」
「ふふっ、必死だったのね。でも…それだけ、かしら」
でも……それだけ?
ボクはその問いに心が揺らめいた。確かに、それだけだったのだろうか?思い出せ、彼女を見た時どう想ったか。
(何故だか分からないけれど、ボクはあの子を知っている気がしたから)
そう、確かにボクはそう思ったのだ。遠い、遠い彼方の記憶。何時の頃かも判らない、サクラマウカナタ。微笑む彼女は桜雪に包まれて舞い踊る。ボクはそれを共に雪に埋もれながら見つめていた。
ボクは彼女と出会ったことがある。
「懐かしいわ…私でさえ懐かしく感じてしまう程の、悠久の昔。輪廻は巡り、再び此処に辿り着いたのね…」
フラッシュバックともいうべき記憶の洪水がボクに襲いかかった。桜、花、空、風、道、夢、望、都、國、皇。サクラマウカナタノキミ。
「魂の在処…姿形は変わりましたが、しかし貴方をお待ちしていました。ただ一言、感謝と愛情の言葉をお伝えしたいがため…」
ボクは喋ることができず、押し寄せた記憶の整理で一杯一杯だった。
「貴方を想わずにいたことはございません。貴方に救われ、心を奪われ…。有り難う御座います、貴方を愛しておりました」
混乱の極み。ボクは透明な泪を煌めかせながら流す彼女を見つめるしかない。そんなこと言われても、ボクは…。
ボクの心の中を知っているかのように、彼女は悲しそうに、母愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「…ふふ、突然そんなことを言われても困るわよね。貴方の両親が貴方に言を託したのと同じようなものよ、気にしないで…貴方は、貴方の想いを想い人に伝えれば良いの」
次第に彼女の色が全て淡くなってゆくのがわかった。淋しそうに、しかし満足そうに自身が消えゆくのを黙ったまま佇む彼女をみてボクのタマシイは疼く。桜の嵐が彼女の存在を乱暴に掻き消してゆく。彼女と話す事ができる時間が終わりへと転がった。
「ボクは…、ボクは!貴方の待ち焦がれた方ではない…たとえタマシイが同じだとしても!けど、今この時、出会えたボクはボクです。貴方に出会い、想い人に想いを伝える後押しをしてもらうような弱いボクです…、だから!」
不意に今まで辺りを荒らしていた暴風が止み、春の澄み渡る青空が狂い踊っていた桜の狭間から見えた。
「だから…貴方には応えることはできない…出来る事は再び貴方が貴方の想い人に出会えることを祈るだけ…」
応えることのできない悔しさとボクでない何かの悲しみがあいまじり、ボクは止めどもなく涙を流し続けた。
ボクは泪を流していたが、彼女は消えかけているというのに桜のような暖かい笑顔を絶やさなかった。
「有り難う…昔の貴方も、今の貴方も、私を救ってくれた。…幸せものね、私」
最後の言葉が空気に溶け込んだ瞬間、ここ一番で激しい風が辺りを包んで桜色に染め上げた。
ボクは思わず目をつぶり、再び開けた時にはもう彼女が視界に入ることはなかった。

※※※

一歩一歩ゆっくりと階段を上っていると、日高にでくわした。
日高はボクを見た途端に不機嫌そうな顔をした。どうやら屋上でボクのことを待っていたらしく、なんだかとてもこそばゆい。
「おい佐倉、お前どこ行ってたんだよ。変なこと口走ったかと思うとさっさと下に降りちまうし」
「ごめんよ、いても立っても居られなくなったのさ」
「だからなんでだっつの」
「ボクにもよくわからないかなぁ…恋の天使ともいうだろうし、未練いっぱいの幽霊さんともいうし…」
お前人と会話する気あんのか?
日高の問いにボクは首を傾げて誤魔化した。だって先程のことなんて、どう説明したらいいのやら。
「あぁでもね、そのゆうれいさんに…いや桜の精霊さんかな?まぁその人に後押ししてもらったんで言わなきゃいけないことがあるんだ」
「はぁ?んだよそれは?…てかちょっと待て、…なら俺にも手前に言いたいことがある、先に言わせろ」
「うー…別にいいけれど」
これで言う勇気がなくなったらどうしようか。購買でも奢らせるか。
「今までずーっと、言おうとしてたんだ。………お前な、いい加減高校生活後半に入ったんだから"ボク"呼びすんの、やめろや」
ボクが目をパチクリさせたのは言うまでもない。だってボクはボクだというのに。
「じゃあ"俺"?」
「違うだろボケが」
妥協案は即却下された。
「だってボクはボクだよ?」
さっき考えてた事を復唱する。うん、そうとしか言い様がない、ないに違いない。ボクは至って冷静だそうに違いない、違いない。…混乱してるのかな?
「手前は阿呆か!手前の性別……女だろうが!!」
言いながら日高の顔が真っ赤に染まる。うわ、彼でも真っ赤になることってあるんだなんて頭の片隅で思ったけど、それよりもボクの思考は日高と同じぐらい真っ赤に染まっていた。止めようと思っても涙がボロボロと零れてくる。
「はっ!?ちょ、おい佐倉!いきなりなんで泣くんだよ!?」
そんなこと、言われても。
「だって、な゛ぎたくなっで…、だって日高、が、ボクのことをちゃんと、おんなのこて思ってくれてて」
「ちょ、おま、それだけで…かよ。こ、困るそんなんで泣かれたら俺困るだろが」

そんなこと、手前と会った頃から意識してたっつーのに。いつだって手前のことは特別に思ってたっつーのに。

日高の声が遠く聞こえたと思ったら途端に頭に鳴り響いた。頭がぐらぐらしてもう自分が何を言ってるかも分からなかった。
「えぐっ…、さっ、先にそういうの、言うなぁ!ボクがんばって言おうとしたのに、日高のこと、好きだって、前から思ってたってぇ…!日高大好きだ馬鹿野郎!大好きだバーカ!」
「告白すんのか罵倒すんのかどっちかにしろてめぇ!畜生、こっちだって好きだよバーカ!」
二人とも顔を真っ赤に染めながら、ボクが泣きやむまでボクらは階段に座り続けた。
階段の窓から見える桜の木は、空一杯に花びらを撒き散らして春の訪れを告げていた。


サクラマウカナタノキミ、ユウキュウノトキヲコエ、イマフタタビメグルマデ、ハルトトモニココデオドロウ

2007年12月4日火曜日

escape from The Midnight

錆びた鉄の臭いとシンナーの臭いが鼻に纏わりつく。一秒でも早くソレから逃れたい俺はただただ闇雲に夜を走り抜けた。
十六夜の夜明けまではまだ、永い。

escape from The Midnight

荒い息遣いと自転車の風を切る音が俺の鼓膜を支配する。無音の空間に音を造り出している俺は終わることのない道を突き進んでいた。生きているのは俺しかいないという錯覚、終わりの見えない恐怖、夜明けへの渇望と絶望。全てがあいまじり凝縮され俺の中に詰め込まれる。それはとてもドロドロで息苦しく煮えたぎった鉄のようで、もがけども足掻けども、俺の中で体外にでようとひしめきあってい暴れ出す。
無性に叫びたい衝動に駆られるが、残った一滴の理性でそれを抑えた。滴る汗と共に俺の何かが抜け落ちてゆく。十六夜の月は眼のように俺を見つめ、永遠に追いかけてくる。ブレーキは擦切れ使い物にはならず、かなりの速度を出した自転車はさらに漕がれ続け止まることを知らぬ物体となった。

不意に今まで鼓膜を支配していた音が不協和音へと変わる。
耳を澄まし、音を選り分けた。風を切る音、息遣い、鼓動、漕ぐ度に擦れるチェーン、繰り返される地面とタイヤの激突、遠吠え、…途切れない足音。
全身に氷が突き刺される感覚に頭と身体が分離され、自動人形のように身体は自転車を漕ぎ続ける。
既に自転車は止められる速度を越えていた。なのにゆっくりとしたその存在してはいけない音は一定の距離を保っている。永遠に追いかけてくる。
「う、あ…」
悲鳴が汗と共に俺の体内から滲みくる。漕いで、漕いで、漕いで、漕いで、漕いで、漕いで、まだ足音は途切れない。
「あ゛ぁああ゛あぁあぁあああ゛!!!!」
終わらない道、止まらない自転車、途切れない足音、放出される叫び声、迫る曲り角…まがりかど…?
なんでおわらないはずのみちにおわりがみえる。そんな、だってこのみちは終わらないんだ。ヒタヒタヒタ。でもそういえばだれかがいっていた、おわりがあればはじまりがある、はじまりがあればおわりがある。ヒタヒタヒタ。こんなのいやだ、じてんしゃはとまらない。ヒタヒタヒタ。おれはまだなにもしてない、やっとかいほうされたのに。ヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタヒタ。


徐々に迫った足音に我慢しきれず振り返る。そこには、

俺が滅多刺しにしたはずのあいつがいた。何の表情も浮かべず、俺の背後で歩き続けている。
前輪が何かに当たり不自然に折れ曲がるのを感じた途端、俺は何かとても巨大なものに叩き付けられ押しつぶされた。


夜明けの光を最後に見た。

2007年11月26日月曜日

十六夜御伽話 弐

「さて、奏ちゃんの美味しいお茶も飲めたことだし、そろそろ真面目に仕事やらなきゃいけない頃合になったねってうわぁ…いつの間にかお茶菓子全部食べられてる…」
「ご馳走様でした奏」
「俺もご馳走様」
「あ、こいつら本気で配慮ってものを知らない」
「今度また買ってきますから…すみません嗚呼さん。でもそれより今はこれからの予定をそろそろ明確にしないと依頼破棄されてしまいますよ」
俺は上条奏の言葉を聞き、お茶を飲みほすと社長いじめから頭を切り換えた。彼女の発言はいつもこの会社の良識と言い換えても間違いない。
そう、確かに協力者はいても社員が四人しかいないことはどうしても捜査に影響があった。しかも入ってくる情報は既に警察の網にかかっているものや、どう考えたって不要なものなどが多数あり、まぁそれは主に社長に対する恨みからの嫌がらせなんだが、そのふるいわけだけでも時間がかかってしまう。
「ま、その通りだね。ぶっちゃけこんなん自分たちじゃ捕まえられないだろなんて皆思ってるでしょ」
一斉に頷く社長を除く社員三名。
「こういう時は気を利かせて"そんなことないですよ!!"とか言ってもいいと思うんだ。…まぁいいや、それに関しては大丈夫、反則技使ってすぐに犯人は分かったから」
それは物語としてどうかと思う。しかしそれをやってしまうのが織谷嗚呼という人物である。彼女より強く、無茶を通せる人は俺は一人しか知らない。まぁその人はもう人の次元を軽くすっ飛ばしてるので社長が人の中では最強だと思う。
さて、俺には視ることはできないのだが、社長の友人曰く森羅万象全てのモノは川の流れのようなものに沿っているらしい。風の流れ、運の流れ、危険、金、死、愛、時、感情など細胞、原子の一つにも流れがないものはない。
当然、個人の過去の流れも視えるのだろう。多分社長がその友人にでも頼んで犯人の行動をトレースしたのだ。確かに反則技としか言い様がない。
「では嗚呼、私達は何もしなくて良いのですか?さっさと貴方か棺凪君で捕まえてしまえば終わりですし」
上条奏にお茶のおかわりを頼みながら幸帆さんが質問した。
幸帆さんも女性としては充分強い部類に入るのだが、基本的に俺と社長が荒ごと専門で、上条奏と幸帆さんがバックアップだ。…そしてめんどくさがりやな社長はほとんどの仕事を俺に押しつけている。
「ん〜、そうしたいのもやまやまなんだけど犯人見つけた方法が方法だからね。もう一回さ、犯行おこした時の現行犯じゃないと駄目なんだよね」
「え…ということはもう一人犠牲者を出さないといけないのですか…?」
上条奏が不安げな声をだす。彼女は犯罪、特に暴行、殺人などに対して強い恐怖感を抱いている。それは仕方がない、彼女自身が被害者となった時期があったのだから。
以前、上条奏は神童と呼ばれるほどの天才だった。テレビでも騒がれていた彼女がこの寂れた廃色ビル訪れた時はさすがの社長も軽く驚いていた。
依頼内容は彼女の護衛、しかしそれを俺たちは達成することができず、彼女に最後の最後で能力をほぼ半減させてしまうほどの大怪我を追わせてしまった。今でもそれは悔やんでも悔やみきれないことだが、奏はそれを許すどころかこの会社入りたいと志願してきた。
幸か不幸か元々尋常ではない身体能力を持っていたため、狙われたものの、そのおかげで事故に遭った今でも彼女は一般人より少し劣る程度の動きができる。…まぁそれでも彼女からしてみればとても動きづらく、辛いものだろうに…。
俺たちが上条奏の何を変えたのかは分からないが、彼女はリハビリをかね毎日出勤している。
「大丈夫だよ奏ちゃん。相手が分かっているというのにわざわざ殺させやしない、殺人未遂の現行犯逮捕が目標だから」
社長の優しい声を聞いた奏は安堵した表情になり息をついた。確かに被害者を出さないにこしたことはない。
「確保は棺凪くん、それまでの尾行は私か二、三人貸しのある人を引張ってくるわ。幸帆と奏ちゃんは警察とか使って絶対的な証拠を見つけ出して。そうすれば面倒くさいの飛ばしてすぐに捕まえられるし」
「「「了解しました」」」
最後が微妙にやる気のない社長の指示とそれに応える社員の声が織谷よろず請負屋が動き出したことをしらせた。

※※※

愛しく、ソレを撫でる。優しく、ソレを取り出す。
途端にソレたちは私に語りかけてくる。

ありがとうボクラヲ自由にシテクレテ!ありがとうボクラカラ嘘の毛皮を剥いでクレテ!お礼に教えてアゲル!聞いてクレル?物語を聞かせテアゲル!急いでイオウカゆっくり話そウカどうしようカ?

私は焦らない。宝物がはしゃぎながら自らの物語を紡いでいるのをじっと聞く。温かなソレは冷たくなり、冷たい私は温かくなる。幸せと温かな奔流に満たされた私は時間を忘れて物語の調べに聞き酔いしれた。
空から煌煌と満月が私たちを照らしている。まだ夜は長い。

→参に続くかも…?

2007年11月20日火曜日

十六夜御伽話 壱

一つ一つ、丁寧に。ふわりふわり、慎重に。壊してはいけない玩具のように私は儚い存在を壮大な物語へと変貌させる。
いや、元々これらは物語なのだ。なのに読ませたくないと勿体ぶって違う毛皮を着込んでいる。皆それぞれ違う物語なのに、同じような毛皮ばかり着て自分を殺してしまっている。
だから私はその毛皮を丁寧に剥いで隠れている中のモノを慎重に取り出すのだ。溢れ出す宝のようなそれを見て、周りの人たちにそれを伝えた度に私は幸せに包まれる。いつしかその行為がとても意味あることに気がついた私は全ての宝物を開けることにした。
さぁ、次の物語はどうなのだろう…?

※※※

今、俺の目の前には一つの掲示板があった。
それは俺が働いている会社の連絡兼依頼用のものとしてビルの入口に置いてある物なのだがそこ一面使って人の名前が書きなぐられている。

霧野棺凪、これは俺の名前。

織谷嗚呼、これは俺の会社の社長みたいな人。ここぞという時じゃないと働かない変人でもある。

相沢幸帆、彼女は俺の上司的存在。ある趣味さえなければ完璧な人だ。

上条奏、俺とほぼ同時期に入社した女の子。ちょっとドジだが可愛いし、何故か凄い特技を持っている。

全員、俺の勤める会社の人たちだった。これってあれだよな、プライバシーの侵害って奴、なんて無駄なことを考えてみたがすぐにやめてしまった。こんなことはこの会社に入ってから日常茶飯事でありもう驚くべきことではないのだ。
というより、周りの人の方が非日常っていうのもある。彼女たちに比べればヤのつく職業な方々の恐喝文なんて可愛いものである。
俺は一つ溜息をつくといつも通りに灰色のビルの中へ吸い込まれていった。

※※※

「退屈で死にそうなんだけど」
「目の前にある書類の山を全部片付けてからそのセリフを言ってください」
俺が働いているのは通称"廃色ビル"の四階、これまた中途半端な階にある織谷よろず請負屋という不自然極まりない会社だ。一応仕事内容はその名の通り、なんでも請負いなんでもするよろず屋みたいなものである。もちろんなんでもしてしまうので法に触れるか触れないかなこともあるし、どっぷりと裏の世界に顔をつけなければいけないこともある。先程の恐喝文も以前の仕事で関わった組織によるものだろう。
正直、後ろ盾なんてなさそうなこの会社はすぐに潰れるのではないかと入社当時は思っていたが、俺が勤め始めて早二年、依頼は千差万別だがどんなことをしてもこの会社が潰れる気配はなかった。俺の推測でしかないが、多分今目の前でグダグダしている社長の織谷嗚呼が常人ではないのだろう。普段は昼行灯もしくはそれ以下の存在だが、いざというときには彼女ほど頼りになる人はいない。
「棺凪くん棺凪くん、腹痛でお腹が捩じれそうだから休んでもいい?」
「捩じれてもいいから仕事してください」
「幸帆、棺凪くんがいぢめる」
「お腹が捩じれても一回転すれば元に戻ると思うので大丈夫ですから、仕事してください」
「ちょ、戻んないって!?君らは配慮ってものを知らないのかい?いいもん奏ちゃんに訴えてやる!」
…頼りになることもあるんだが、この人は…。
俺と幸帆さんが同時に溜息をついた時、隣の給湯室から一人の少女、上条奏が顔を出した。小麦色の髪を揺らしつつ、フラフラと危なげな足取で人数分のお茶を持って来ている。俺は慌てて彼女の元へ走りより、お茶を配るのを手伝った。
「え、とお茶入りました。皆さんお茶菓子も出しますのでちょっと休憩ませんか?」
「神だ、神がここにいる」
「あ、でも社長はちゃんと切りのいい所まで、せめて目だけでも通して下さいね」
「鬼だ、鬼がここにいる」
まったく、目の前にいる人に対して堂々とこの社長は。
社長は無視することにして、一口一口飲むごとに身体が暖まるのを感じながら俺は上条奏が煎れたお茶を楽しんだ。幸帆さんもいったん手を休め、美味しそうにお茶菓子を摘んでいる。基本的に表情が変わらない彼女の顔だがこの時だけは明確に感情が分かる。これは結構貴重な瞬間だ、あることに関するのを例外にした話でなんだが。
お茶を飲みつつ、ちらりと机に散らばる書類へ視線を向ける。そこには今回頼まれた依頼に関する様々な情報が入り乱れていた。中にはあまり食事時には適さない写真や報告も載っていたが、俺は構わずに読み続けた。
今回の依頼は巷で騒がれている連続殺人事件の犯人を見つけること。本来なら警察の仕事のはずなのだが、依頼者は事件の被害者の家族と警察関係者なんて組み合わせなので文句が言えない。この会社は社長の気分と社長のモットーにさえ反しなければ大抵の依頼は受理されてしまう。今回のもまたその例外ではない。
そこまで考えると、俺は会社の不条理さから犯人の殺害方法について思考回路を転換させた。既に依頼者の家族を合わせて五人が彼ないし彼女によって命を奪われている。犯人の殺害方法は特殊だ。
主に夜中、老若男女、親子供兄弟、無差別にハンマーかその類で後頭部を殴打。大抵はこの一撃で死ぬか気絶してしまうらしいがそれだけでは犯人は終わらない。
彼ないし彼女、面倒くさいから彼としよう、彼は気絶した被害者を道のど真ん中で解剖し始めるのだ。それは医学的な解剖方法ではないらしいが、まず皮膚を丁寧に観音開きのように剥ぐ。そして筋肉を裂き、内蔵を抉り、骨を取り出し、まるで宝物探しのように背中の皮膚に届くまで被害者をバラバラにし尽くすのが、彼の犯行の特徴だった。
これだけの犯行を五回もしておいて、捕まらないのは異常だった。俺たちは確かに犯人確保を依頼されたが、名探偵のようにサッサと事件解決できるわけではない、まして警察ほどの調査力があるわけがない。日本の、というか五大貴族の一つ、"力"の刀切一族によって統轄されている警察はナメてるとかなり痛い目にあう。ナメていなくとも余程の犯罪者でない限り、彼らに捕まらない保証はなかった。
それを一般人よりもよく分かる俺は、だからこそ俺たちでは解決できないような依頼を何故社長は受理したのかが分からない。
まぁ、彼女の思考回路を理解できる人間はそういるもんでもないんだが。


→弐へ続く…かも

2007年11月3日土曜日

鬼灯草紙 巻ノ弐

※※※

神主の叫びを最後に、私の記憶は虚ろなものになった。気がついたら自宅にいて、神主か誰かに殴られたらしい痣と痛みだけが私に何かを悟らせていた。
そしてその日を境に、依縁の姿を見る事はなくなった。結局祭の儀式は取り止めになり、警察に捜索願を出した依縁の父はその結果を知ることなく翌日に自殺した。遺書はなく理由は分からないが、多分過疎化しつつある土地唯一の観光行事としての鬼灯祭は決して失敗してはいけないもので、その重圧が彼を蝕んでいたのだろうというのが周りの勝手な見解だ。依縁も警察の捜索も空しく何の手掛かりを残さないまま消えて、皆は次第に神社を記憶の底に埋め、私だけがその事件に取り残された。
そんな土地から一刻も早く離れるため、それからの私は勉強に没頭し、親の制止を振り切って都会の高校へと逃げていった。10年がたち、職にも就いて生活がようやく安定した頃、私はあの村が既に廃村となっていたことを知った。

※※※

砂利が立てる音は昔と変わらず、久しぶりに履いた運動靴に心地良い感触を感じさせていた。
夏の陽射は相変わらずで、私は木陰へ避難すると小さく溜息をついた。10年間という年月は私とこの村にとって充分なものだった。高校入学を最後に連絡とっていなかった両親は既に私を勘当したと認識しているため、どこにいるか分からないし死んだかどうかさえも知らない。何とも親不孝な子供だと自分でも思うが、別に後悔はしていなかった。
今まではあの頃の虚ろな記憶が恐怖だけを頭に植え付けて私の帰郷を思い止まらせていたが、そろそろ覚悟を決めて過去を知るべきだ。それに依縁を怖いままで放っておくわけにはいかない。彼女は今、普通の生活を送っているのだろうか。まだあの神社の中で彷徨っているのか、それとももうすでにこの世界から…。
私は思考を中断し、かつて神社だった場所へと歩きだした。結論はまだ出せないし、出したくない。この村に宿泊施設などあるわけがなく、この土地に居られるのは時間が限られている。出したくなくても出さなければいけないし、そのためにここまで来たのだ。
私は息を整え、長年整備されずにいたため荒れ果てた道を歩き出した。
記憶を辿りながら歩くなか、この村が地図から消えたという現実について考えた。元々あの頃から廃村となることには必然を感じていたが、実際その未来に直面すると意外にも驚きの感情がありそのことに私は驚いた。親の死は必然ながらも実際に死んでしまうと驚く、というものに似ているこの感情は私に村へ愛着があることにも気付かせる。そういえば、昔はこの村と共に死ぬことを考えていた。それなのに今ではここを恐れ、無様に生き残り、そして資格もないだろうに再び土を踏んだ私はこの村という存在にとって何なのだろう。
物思いに更け続けた私は、ふと見上げると目の前には所々朱が剥がれ落ちた鳥居が聳えたっていることに気がついた。常に掃除されていた階段は雑草が生い茂り、鳥居の側にあった石灯籠は雨風のせいか崩れてしまっている。神社裏の竹林は手入れされなかったからか神社を囲むように伸び、その空間を他の全てから遮断していた。
見ただけで、身体が固まった。息は荒くなり、足は震えて動こうとしない。そんなにも私は恐れているのか。何にとは言わない、多分全てのことになのだろうから。不安は体中を巡りあの時のように身体を支配する。
けれど私は一歩踏み出した。震えながら小さく一歩、私がいることを知らせるように一歩、決意を固めるために大きく一歩。私は結末を知りために此処に来た、たとえ無意味な行為でも自分の身に危険が降りかかるような愚かな行為でも責任に近いものが私を動かしている。それは恐怖などでは止められない物だった。

境内は外と同じように草木が好き勝手に方向に伸び、社や依縁の家に絡まっていた。パッと見るだけでは分かりにくかったが、建物はまだ形はしっかりと残っていたので私は容易に神社裏への道を見つけることができた。邪魔な葉や蔦を足で踏み倒しつつ暗闇に覆われた神社裏へと踏み込んでゆく。まだ昼間だというのにそこは暗く、わずかな木漏れ日はほとんど地面に届かず空中にとどまっていた。念のために持ってきていた小型の懐中電灯を取り出して石畳の道を照らす。
懐中電灯の丸い光を見て、あの時の満月を思い浮かべる。今のように暗い闇の中、満月と行灯の灯に導かれ、私と依縁は鬼灯まで辿り着いた。虫の音しかない静かな世界に足音だけが響いていた。

そして今、この私も。

夏の終わりを告げるあの鬼灯が、あの時と違い小さな祠を越えて神社裏の開けた場所全てを覆い尽くしていた。この空間のみ竹は無く、鬼灯の朱だけが私を飲み込んでいる。自然繁殖でこうもなるのか?竹に絡まり天高い所まで及んでいてまるで朱のドームに入った私にあの頃と同じ怖気が沸いてきた。
(そうだ、依縁…)
居るかどうか分からないけれど、とりあえず辺りを見渡す。周りを支配するのは朱赤紅緋橙………
神社裏の道はこの鬼灯の間で終わっている。祠の先がないか腫物を触るように鬼灯を退かして確かめようとするが鬼灯の向こう側には鬼灯しかない。
「依縁ー!!依縁ぃー!!?」
声の限りに叫ぶ。木霊した私の声は空しく空へ溶け込んでいき、それに対する返事は返ってこなかった。責任が少しずつ恐怖に呑まれてゆく。まだ、まだ終わってはいけないのにこの異常な空間のなかでトラウマの恐怖と現在の恐怖があいまじる。まだ何も判ってはいないというのに、依縁も見つけてはいないというのに。
…いや、依縁は多分見つからないだろう。恐怖によるものもあるけれど、なにか直感めいたものが私の中にはあった。多分もう彼女はおろかこの村に住んでいた人たち全員に会うことはない。
それを感じた時、私は惚けながら思わず呟いた。
「なんだ、これでは私が神隠しされたようではないか」
それに対しての答えは聞こえることなく、ただ風に揺られた鬼灯がさわさわとざわめいただけだった。


※※※


倉稲詩乃はその後小さく黙祷を誰かに向けて捧げ、引き返していった。
残ったものはただざわめいた鬼灯と揺らめいた笹の葉と古びた祠と、その背後に隠れたように蹲った白骨だった。
するとどこからともなく白い狐が現れた。目尻には勾玉のような模様があり目は限り無く細い。
詩乃が佇んでいた場所に視線を向け、詩乃が去った方向に顔を向けるとくすり、と微笑んだ。

2007年10月29日月曜日

鬼灯草紙 壱

ゆらゆらと、さわさわと、今年も始まるは鬼灯草紙…

※※※

様々な蝉が鳴き喚くのにはもう随分と昔から慣れてしまった。視界に田や山、そしてぽつぽつと建つ家しか写らないこの土地で私は生まれ、育ち、暮らしている。
そんな過疎化が進みつつある私の村。盆地に作られたため、陸の孤島と言われるほど他村との交流がない。今時珍しいあまり他者との関わりがない隠者めいた生活に憂いた子供たちは都会へ流れ、ますます村は過疎地となってゆく。こんなこと考えている私も正直な気持ち、都会に興味が無いわけではない。が、都会へ行くことができるほどの資金も夢も好奇心もない私にとってここで暮らすことは必然だった。
今通う高校は来年には廃校となることが決まっている。私が通っていた小中一貫の学校も今は廃校を免れているがそれは時間の問題だった。そんな緩やかに、確実に終わりへと近付くこの村で夏の終わりを告げる唯一活気づく神社の祭が今夜行われる。

「ねぇ詩乃は今年の鬼灯祭には誰と行くのー!?」
「……突然大声で名前を呼ぶな依縁(いより)。寿命が縮む寿命が」
「何言ってんの?そこまで君の神経はか細くないのに」
余計なお世話だ。小さく呟きながら私は机から身を起こした。
廃校が決まったとは言え、まだ高校は存在している。
私に話しかけている女は私と同じくここにとどまる一人だ。神社の神主となることがすでに決まっている彼女とは家が近いのもあって、小さい頃から遊んでいた仲だった。
「で、誰かと行く予定はある?」
「…なんか口説かれているような台詞のうえ、私の解答はそれを了承するようなものだからとても不快だ。誰とも行かない、いつも鬼灯祭は一人だ、というか依縁以外と行ったことがない」
「うん、私の場合は行くじゃなくているだけどね」
いちいち揚げ足をとらないでほしい。欠伸を噛み殺しながら私が勝手に帰りの支度をし始めると慌てて依縁は本題へ入っていった。
「ちょ、ちょっと待った詩乃!別に意味なく話しかけてきたわけじゃないんだから。お願いをしにきたんだよ」
私は思わず首をかしげた。依縁が私にお願いがあるとは珍しい。近くに神社が無いここでは神主の力は強大だ。彼は謙虚な性格なため、そんな感じは全くないが。何故だろう、と考えてみる。
「いや、そんな大層なもんじゃないから。詩乃はなんか変に思考が入るから面白いよねー」
「余計なお世話だ」
「それでね、うちのお祭りって毎回鬼灯を使うじゃない」
「人の意見は最後まで聞け」
「その鬼灯って当日にあの暗い神社裏からとってくるものなんだけど」
「聞いてないだろ」
「今年から私がとる係になったんだよ」
「聞く気がないだろ」
「でも私、暗いのがどうしてもダメなんだって知ってるでしょ」
「………で?」
「一緒にとっておくれよー…」
正直、今の気分だと物凄く断りたい。
しかし彼女がとことん暗闇が苦手なのも重々承知だ。そして私にある拒否の理由は今の気分だけなので断れるわけがなく、答えは決まってしまっていた。
「はぁ…、いいよ。一緒に採りに行こう」
「やったあ!有り難う詩乃、惚れちゃうよ!」
「最後の言葉が余計だ」
「じゃあ夕方頃に来てね…むむ、詩乃に袴を着せなきゃいけないなぁ。そうだ、用意もあるし今日だけ詩乃はうちでご飯を食べよう」
「だから人の意見は最後まで聞け」

※※※
この時から始まる鬼灯草紙
百鬼夜行に魅入られて
常世への門は開かれる
案内人は何処へ誘うか
※※※

「これ、きつくないのか?」
「大丈夫、大丈夫。ぴったりだし、充分似合ってるよ」
両親に断りをいれてから私は依縁の自宅へと向かった。境内ではすでに屋台の準備が済まされていて、気が早い店ではもう商売を始めている所もある。お面をつけた子供たちが笑いながらそんな店を冷やかしていた。
いつもの光景を見つつ、私達は端にある依縁宅へと入っていった。
彼女の家は大きい部類に入るが、今は様々な人が忙しそうに行き交っているため狭く感じる。毎年のことで慣れているのか、依縁は流れる様に人波をかわして奥の部屋に向かっていった。
それからの清めや着付などの準備に時間をかけ、結局私と依縁が巫女服を着終わったのは夕暮、黄昏時だった。外ではひぐらしが鳴き始め、来たばかりでは聞こえなかった祭独特のざわめきも耳に入るようになっている。
着慣れない和服に戸惑いつつも、鬼灯の生える神社裏へ向かおうとした私に何かが思い切りぶつかった。お面をつけた子供で、お面のちょうど尖った部分が私のみぞおちに直撃してきた。子供の体当たりいえども急所に当たった私は鈍い痛さに思わずうずくまった。
「ごめんよ姉ちゃん。前が見えてなかったさ」
うずくまった姿勢から子供を見上げると、まだ小学二、三年ぐらいの少年だった。被っていた面は稲荷狐を模したもので、見えるかどうか疑いたくなるほど細い目とその目尻に紅い勾玉模様がやけに目についた。
「こら、危ないでしょ!綿菓子でも持ってたら割り箸が喉に突き刺さってたよ!?」
やたら具体的に、しかもまた嫌な例をだしながら依縁が少年を注意している。私もせっかくの袴を汚したくはなかったので怪我がないのを確認するとほこりをはたきながら立ち上がった。
改めて見た少年の表情はやはり狐面で隠されているが、その雰囲気からして何故かとても可笑しそうにしているのが分かった。自分が怒られているというのに、不思議な少年だ。
「ごめんよ姉ちゃん」
依縁の言葉に全く反省の色を見せずにさっきと同じ言葉を放ち、少年は祭の人込みの中へと消えていった。実際には一度も笑っていないが、声が、その存在が私達を笑っているようで不気味に思え、私は思わず身震いした。しかし、そんなことには気がついていないのか依縁は溜息一つついただけで何事もなかったかのように私の方へ振り返った。
「さて、大丈夫だった詩乃?鬼灯はこっちに生えてるんだ、はやく採りに行こっ!時間空いたら祭に参加できるしね」
裾を引っ張られた私は曖昧な返事をしながら、もう一度少年が消えたほうへ目を向けた。狐面の少年はもう、見えなかった。


神社裏というのは暗所恐怖症の依縁でなくとも薄気味悪く感じる場所だ。石畳の一本道とその横に等しい感覚で並ぶ行灯だけが私達を鬼灯まで導いている。少し歩くと祭の声は聞こえなくなり、虫の音だけが辺りを包んだ。
「も、も、もうすぐだよね詩乃そうだよね詩乃」
「そんな神主の娘が知らないことを私が知る訳ないだろう!」
神社裏に入ってしばらくもしないうちに依縁は私から離れなくなってしまった。ただでさえ暑いというのに、しがみつかれた左腕だけがさらに汗ばんでいって気持ち悪いので依縁を引き剥がしながら一本道を進んでゆく。
やがて道は途絶え、仄かな灯に照らされている鬼灯が私達を出迎えた。そこにある実はまるで橙の炎が宿っているかのように紅く、ゆらゆらとぶら下がっているその姿は提灯を彷彿させた。私の背中越しに鬼灯を確認した依縁は大きな溜息をつくと、ようやくそばから離れ鬼灯へ歩み寄った。
この神社独特の儀式なのか、依縁は榊の枝を振るいつつ、ゆったりとした舞を踊り始めた。まるでこの世ざるものを呼び込むかのような舞に私は思わず魅入ってしまう。踊りながら依縁は懐から白木の鞘に包まれた合口を取り出し、舞の流れと共に引き抜いた。白銀の輝きが一瞬、鬼灯の灯に照らされて妖艶の煌めきに変わる。
たたんっ、と依縁は舞の最後に大地を踏み鳴らし、頭上高く上げた腕を振り下ろすと目の前の鬼灯を切り取った。
鬼灯を落ちる直前に受け止めた依縁はもう一度溜息をつくと、こちらに振り返り笑顔になった.
「完了〜!」
「はいはい」
どうやらこの仕事に緊張していたらしい.急にいつもの騒がしいくらいの明るさで褒めて褒めてと迫るのを私は頭を押さえ付けて阻止した。その行動が気に入らなかったのか、依縁は頬を膨らませながら、暗い場所が苦手だというのに駆け出して行った.
「ちょ、暗いと危ないよ?」
「お子様扱いは反対です!!」
暗いのはダメだと言ったのはお前自身じゃないか.一本道だからいいものの、複雑道筋だったなら依縁はもちろん私だって迷子になってしまうような暗闇だというに。
「はやく帰ろー…!」
もう遠くから依縁の声がする。はぐれてはいけないと私は慌てて依縁を追いかけようとした。
が、ふと何かの気配を感じて鬼灯が生える背後へと顔を向けた。薄暗い闇の中で鬼灯は黙々と紅い光を瞬かせていて、地面に何かの影を作っている。それはまだ子供ほどの大きさで、顔にあたる部分は…
(…き、狐!?)
氷が背筋に入り込んだようだ。身体は金縛りにあって、依縁を追いかけることができなかった。
「……っ!?」
声も出せない。私はここがいつもの場所ではないと確信を持った。…だとしたら此処は、どこなんだ?
クスクスと堪えたような笑い声が影から聞こえた。その声は先程の少年と同じ声で、影を揺らめかせながらずっと笑っている。ただただ笑い続ける影は鬼灯のさらに紅くなった灯に照らされて、より濃く、より深い闇に変わって、私の本能に警報を鳴らした。
私の身体が逃げろと告げるた。私の思考が恐怖に染まる。此処にいてはダメだ。此奴といてはダメだ。逃げろ逃げて逃げろ逃げなきゃ!!
金縛りにあった身体を無理矢理動かし、私は無様な格好で走り出した。何度も石畳に躓きそうになるが、気力をふり絞り走り抜ける。依縁のことも心配だった。彼女の声はすでに消えていて、先に帰ったのか迷ったのか分からない。しかし今は振り返ったり遅くなると影がすぐ近くで笑っているように思えて、ただ何も考えずに走り続けるしかなかった。

どのぐらい走ったのだろう。来た道以上の距離を走った疲れを感じるので、夢ではないかと疑うが転んだときにできた擦り傷や袴の汚れが現実だと言っている。
私の目の前には、先程の鬼灯の灯とは似て非なる暖かな祭の灯が広がっていた。ざわめきは行く前よりも少なくなっているが、それでも今の私にとって人の存在は大きかった。
「そうだ…依縁は…?」
無我夢中で走っていたため、途中から依縁のことを忘れてしまっていた。彼女が持っている鬼灯は毎年、祭の最後に巫女舞と先祖の供養の儀式で使われている。腕時計を見ると、既に儀式があっておかしくない時間だった。
私は辺りを見回して彼女を探した。周りはまだ祭を楽しんでいて儀式が始まる雰囲気ではない。すっと私の中で一つの不安がよぎり、私は詩乃の自宅へと走っていった。祭にいないのなら、彼女は自宅にいるはずだ。居なかったとしても、神主である彼女の父が何かしら知っているに違いない。いや、そうであって欲しかった。誰かに先程のことを夢だと言って欲しかった。この先の事を現実ではないと言って欲しかった。

彼女の家の引き戸を思い切り開けたその先には、うろたえた神主がいた。元々気が弱そうで常に青白い彼の顔は今ではさらに青くなっていてまるで死人の様だった。周りの人も何かに困っているような仕草で行ったり来りを繰り返している。私の中の嫌な予感がさらに増した。
辺りを泳いでいた神主の視線は玄関でほうと立つ私をとらえ、彼はようやく安堵の表情を浮かべた。慌てて私のもとに駆け寄り、そして、私と共にいるはずの愛娘がいないことにも気がついてしまった。
「い、依縁はどこだい詩乃くん…、君なら知っているだろう?」
震える声の問い掛けに、私は先程のどうしようもない予想が当たりつつあることに気がつき、半ば呆然としながら恐怖と否定の意志として首を振った。
「そんな、知らないわけないだろう!依縁が持って帰る鬼灯はこの祭でとても重要だということぐらい、君も知っているはずだ!依縁が、祭に大切な存在だということも!儀式をするために!私がどれだけ!依縁はどこに行った!!依縁は依縁は依縁は依縁は依縁は!!!」
狂ったような神主の叫びが境内に響く。彼の言葉が私の中身をさらに掻き乱す。私は泣きながら首を振り続けるしかなかった、私にも誰か説明して欲しい、何故と頭の中で繰り返した。理解が追いつかなくて何も分からなくなった。

「依縁を返せぇ!!」

神主の叫びを最後に夜は閉じた。

2007年10月26日金曜日

by the train

書いた自分自身にとっても意味不明な短編です。それでもよろしければどうぞ、ご観覧お願いします。

電車に揺られていた。
少しだけフカフカした赤い席に座り、向こう側の流れる背景を眺めている。私の視界には様々な広告と誰も座っていないシートと窓、そして電車の入口に座る柴犬が写っていた。何故電車に犬がいるのだろう?
足先が靴下のように白いその柴犬は行儀よくお座りの姿勢をとっていた。電車が揺れる度に少し位置からずれ、しばらくするとまたもとの位置に座り直す。目的の駅までまだ遠いのか、先程からその行動をずっと繰り返している。電車は駅を通ってもけして入口のドアは開かなかった。電車の駆動音と揺れる音が静かな車両に響いている。
「何故?」
私は静けさに耐えきれなくなった思わず犬に質問した。何故貴方はそこにいるのか、何故その位置に座り直すのか、何故この電車は止まらないのか?

それはそれが私の役目だからさ

犬は答え、役目以外のことをしたために死んでしまった。
電車は私の目的の駅に到着したが、ドアを開けることはなかった。私もまた、降りようとは思わなかった。

※※※

不思議な人に出会った。
終電間際の下り電車で、そこには僕とその人を含めても五人しかいない。窓からの風景は光を飲み込んだ闇しかなくて、ぽつぽつとひかる街灯が星の様だ。いつもこの電車に乗る僕にとってそれは慣れ親しんだもので、最初の頃に感じた小さな感動はもうすでに消え去っていた。
この時間帯に乗る人も大抵は疲れきったサラリーマンか酔払ったサラリーマンで、僕のような未成年が乗っていることは今まで僕が見た限り全くなかった。
そんな電車のなかで、僕の向かいに座る人は不思議だった。疲れきっているようでもなく、酔払っているわけでもなく、出かけるような大きい鞄を持っているのではなくてデイパックぐらいの大きさの赤い鞄を膝にのせ、静かに座っていた。
彼女の視線は常に僕側の入口にあり、何かを見つめているように見えた。僕は横を向いて何を見ているか確かめようとしても、そこには何の変哲のないドアしかない。僕は彼女が何を見ているかとても気になった。
「何故?」
僕は好奇心に負けて彼女に問い掛けた。
何故貴方はここにいるのですか、何故貴方はドアを見つめているのですか?

見えないの?そこに犬の屍体があるの。私の問いに答えたから死んでしまった犬が。

彼女の答えにもう一度ドアを見るがやはりそこには何もない。
彼女はただドアを見つめていた。電車は僕の目的の駅に着き、ドアを開けた。僕は早足で降り、ふと振り返るとあの女性は赤い鞄を膝にのせ、静かに座っていた。

やっぱりここでもドアは開かないのね

電車のドアが閉まる直前に、彼女の呟きが僕に届いた。