2007年12月16日日曜日

サクラマウカナタノキミ

夢をみた。
いつの頃かも分からないくらい、遠い記憶の彼方のユメ。桜舞う季節、緩やかに始まりを告げられた全てが眩しい蒼空の下、その人は振り返る…
顔も忘れてしまったけれど、とても暖かい笑顔はまるでその人の上で咲く桜のようだった。
桜雪に包まれて、ボクの夢は花と共に舞い上がった。

 サクラマウカナタノキミ

〜四月〜
薄桃色の淡雪が新入生達を歓迎していた。既に嵐の様に花びらを散らす咲乱れた桜だが、まだその木には雲のごとく咲き誇る花たちが残っている。
まだ幼さの抜けない新入生達は落ちるそれを掴もうと両手を伸ばし燥ぎあっていた。地面には雪が降り積もったと見間違うほどの量の花びらたちがアスファルトを多い隠している。
「なーに惚けてんのさ佐倉」
「別に惚けてなんかないって。センチメンタルと言ってくれ」
「変わんないっつーの」
「日高酷い」
お気に入りの屋上(一般生徒出入り禁止)なのに、何処から現れたのか金髪の青年はボクの横で寝転がり、風にのる桜のカケラを眺めていた。
「桜、綺麗だ」
何当たり前言ってんだ、と返答が返ってくる。この男でも桜は綺麗なのかとちょっと驚きを感じる。
「お前、今俺に対してなかなか失礼な事考えてただろ」
まさか、なんて微笑を浮かべながら誤魔化した。日高は勘だけで生きてるだけあって侮れない。
「だから失礼な事考えるんじゃねえ」
はいはい。
おざなりの返事をしながら視線を桜から新入生へと移した。入学式が終わり、緊張感から解き放たれた彼らは多分これからの学校生活に希望を膨らませているのだろう。なんだかそれを想像しただけで自分自身にも希望が溢れてくる気がしてしまう。
「わ、ねぇ、日高。綺麗な子がいるよ」
「なにどこだ!!?」
そこまで必死になるなよ、悲しくなるから。
「うるせ、お前だって恋人いない歴が年齢だろがよ」
自分もそうだってのに、いけしゃあしゃあとこいつは。まったく、これでも日高には隠れたファンや片思いしている方々がいる。なのに定番というか、恋愛感情に関してのみこいつは超がつく鈍感野郎だ。
あきれ顔になりつつも、ボクは不思議と目に止まった少女の方へ指をむけた。
「ほら、あそこにいる一人だけ和服の子」
桜に合った薄桃色の着物を着て、珍しい着物と同じ色をした長髪を綺麗に結い上げている。アルビノ、突然変異の白い子をそう呼ぶらしいが彼女がそうなのだろうか。
「……はぁ?全員なんちゃって制服じゃねぇか。着物を着てる奴なんかいないぞ」
「ええ?」
日高のその言葉にボクは驚きの声をあげる。あんなにも目立つ子だというのに日高は見落としたのか?
「だってほら、あの一番大きい桜の下にいるじゃんか。桜色の髪と着物の…」
「おっまえ、俺をからかってんだろ。そんな奴いたら一目で分かるっつの」
なんかヤバいモノでも視えてんじゃないのか?
日高の声が遠く聞こえた。しかしボクはそんなことを気にせずに、突如、無我夢中で屋上から一階を目指して駆け降りた。
何故だか分からないけれど、ボクはあの子を知っている気がしたから。そして今しか話す事ができないということも判っていたから。

※※※

正門へとなだれ込む新入生の波を掻き分けて、ボクは人気の少なくなった桜の下へ向かった。
彼女は二三ほど並べられたベンチの端にボクに背を向ける格好で座っていた。
髪には舞い落ちた花びらがついているのだろうけど、髪と色がまったく同じなので目を凝らさなければ分からない。
「…あら、こんにちは」
ボクがどう切り出そうか迷っていると、彼女はボクの存在に気がつき振り向いた。柔和な笑みを浮かべ、色素の薄い瞳を細めている。
「返事は、するものよ?」
「あっ…ああ、ごめんなさい。こんにちは」
「ふ、ふふっ。今度の子は随分素直な子なのね」
なんだか母親みたいだ。どことなく話すタイミングというかそんな感じなものが取りにくい。ボクがまた話をしようか迷っていると、彼女から話題を出してきた。
「私が視えて、私に会おうとして、私に会い、話しかけ、貴方は何を望むのかな?」
謳うような口調で、彼女は言ノ葉を紡ぎ出す。聴いていて心地良くなるような声だ。でもボクは彼女の問いに答えなかった。いや、答えられないの方が正しいのかもしれない。
「なぜならそれに対する答えがないのだから。なぜなら答えがないという答えは答えではないから」
「あら、答えがないというのも立派な答えよ?」
ボクはフルフルと首を振った。頭についた何枚かの花びらが風に乗る。
「…まぁいいわ、それが貴方なのならそうななのでしょう。けれど、目的はあったと思うわ」
「そうですね、あなたに望むものはなくても目的はありました」
彼女は座ったまま動かない。春の日差しが透明な肌にあたり、静かに吸い込まれていく。ボクとは全然違う肌だなと思った。
「貴方は母と父を出会わせてくれたと二人によく聞かされました。覚えていますか?以前此処で背の低めな少女と背の高めな柄の悪い青年に出会ったことを」
斜めに首を傾げてしばらく考えていたようだけれど、思い至ったのかふとこちらに視線を向けてまじまじと見つめてきた。なんだか恥ずかしいな。
「えぇ、えぇ…思い出しました。そうですか…私にはほんの刹那でしかない時も、貴方方にとっては永いものなのですね…確かによくみるとお二人のよい所ばかりが集まった、とても美しい顔です」
心構えをさせずにサラリとそんな事言われるとどう対応したらいいかわからない。確かに、母と父の言う通りの性格だった。
「貴方に会えたら是非一言礼を言ってきなさいと言われたもので。屋上に友人を置いたまま来てしまいました」
「ふふっ、必死だったのね。でも…それだけ、かしら」
でも……それだけ?
ボクはその問いに心が揺らめいた。確かに、それだけだったのだろうか?思い出せ、彼女を見た時どう想ったか。
(何故だか分からないけれど、ボクはあの子を知っている気がしたから)
そう、確かにボクはそう思ったのだ。遠い、遠い彼方の記憶。何時の頃かも判らない、サクラマウカナタ。微笑む彼女は桜雪に包まれて舞い踊る。ボクはそれを共に雪に埋もれながら見つめていた。
ボクは彼女と出会ったことがある。
「懐かしいわ…私でさえ懐かしく感じてしまう程の、悠久の昔。輪廻は巡り、再び此処に辿り着いたのね…」
フラッシュバックともいうべき記憶の洪水がボクに襲いかかった。桜、花、空、風、道、夢、望、都、國、皇。サクラマウカナタノキミ。
「魂の在処…姿形は変わりましたが、しかし貴方をお待ちしていました。ただ一言、感謝と愛情の言葉をお伝えしたいがため…」
ボクは喋ることができず、押し寄せた記憶の整理で一杯一杯だった。
「貴方を想わずにいたことはございません。貴方に救われ、心を奪われ…。有り難う御座います、貴方を愛しておりました」
混乱の極み。ボクは透明な泪を煌めかせながら流す彼女を見つめるしかない。そんなこと言われても、ボクは…。
ボクの心の中を知っているかのように、彼女は悲しそうに、母愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「…ふふ、突然そんなことを言われても困るわよね。貴方の両親が貴方に言を託したのと同じようなものよ、気にしないで…貴方は、貴方の想いを想い人に伝えれば良いの」
次第に彼女の色が全て淡くなってゆくのがわかった。淋しそうに、しかし満足そうに自身が消えゆくのを黙ったまま佇む彼女をみてボクのタマシイは疼く。桜の嵐が彼女の存在を乱暴に掻き消してゆく。彼女と話す事ができる時間が終わりへと転がった。
「ボクは…、ボクは!貴方の待ち焦がれた方ではない…たとえタマシイが同じだとしても!けど、今この時、出会えたボクはボクです。貴方に出会い、想い人に想いを伝える後押しをしてもらうような弱いボクです…、だから!」
不意に今まで辺りを荒らしていた暴風が止み、春の澄み渡る青空が狂い踊っていた桜の狭間から見えた。
「だから…貴方には応えることはできない…出来る事は再び貴方が貴方の想い人に出会えることを祈るだけ…」
応えることのできない悔しさとボクでない何かの悲しみがあいまじり、ボクは止めどもなく涙を流し続けた。
ボクは泪を流していたが、彼女は消えかけているというのに桜のような暖かい笑顔を絶やさなかった。
「有り難う…昔の貴方も、今の貴方も、私を救ってくれた。…幸せものね、私」
最後の言葉が空気に溶け込んだ瞬間、ここ一番で激しい風が辺りを包んで桜色に染め上げた。
ボクは思わず目をつぶり、再び開けた時にはもう彼女が視界に入ることはなかった。

※※※

一歩一歩ゆっくりと階段を上っていると、日高にでくわした。
日高はボクを見た途端に不機嫌そうな顔をした。どうやら屋上でボクのことを待っていたらしく、なんだかとてもこそばゆい。
「おい佐倉、お前どこ行ってたんだよ。変なこと口走ったかと思うとさっさと下に降りちまうし」
「ごめんよ、いても立っても居られなくなったのさ」
「だからなんでだっつの」
「ボクにもよくわからないかなぁ…恋の天使ともいうだろうし、未練いっぱいの幽霊さんともいうし…」
お前人と会話する気あんのか?
日高の問いにボクは首を傾げて誤魔化した。だって先程のことなんて、どう説明したらいいのやら。
「あぁでもね、そのゆうれいさんに…いや桜の精霊さんかな?まぁその人に後押ししてもらったんで言わなきゃいけないことがあるんだ」
「はぁ?んだよそれは?…てかちょっと待て、…なら俺にも手前に言いたいことがある、先に言わせろ」
「うー…別にいいけれど」
これで言う勇気がなくなったらどうしようか。購買でも奢らせるか。
「今までずーっと、言おうとしてたんだ。………お前な、いい加減高校生活後半に入ったんだから"ボク"呼びすんの、やめろや」
ボクが目をパチクリさせたのは言うまでもない。だってボクはボクだというのに。
「じゃあ"俺"?」
「違うだろボケが」
妥協案は即却下された。
「だってボクはボクだよ?」
さっき考えてた事を復唱する。うん、そうとしか言い様がない、ないに違いない。ボクは至って冷静だそうに違いない、違いない。…混乱してるのかな?
「手前は阿呆か!手前の性別……女だろうが!!」
言いながら日高の顔が真っ赤に染まる。うわ、彼でも真っ赤になることってあるんだなんて頭の片隅で思ったけど、それよりもボクの思考は日高と同じぐらい真っ赤に染まっていた。止めようと思っても涙がボロボロと零れてくる。
「はっ!?ちょ、おい佐倉!いきなりなんで泣くんだよ!?」
そんなこと、言われても。
「だって、な゛ぎたくなっで…、だって日高、が、ボクのことをちゃんと、おんなのこて思ってくれてて」
「ちょ、おま、それだけで…かよ。こ、困るそんなんで泣かれたら俺困るだろが」

そんなこと、手前と会った頃から意識してたっつーのに。いつだって手前のことは特別に思ってたっつーのに。

日高の声が遠く聞こえたと思ったら途端に頭に鳴り響いた。頭がぐらぐらしてもう自分が何を言ってるかも分からなかった。
「えぐっ…、さっ、先にそういうの、言うなぁ!ボクがんばって言おうとしたのに、日高のこと、好きだって、前から思ってたってぇ…!日高大好きだ馬鹿野郎!大好きだバーカ!」
「告白すんのか罵倒すんのかどっちかにしろてめぇ!畜生、こっちだって好きだよバーカ!」
二人とも顔を真っ赤に染めながら、ボクが泣きやむまでボクらは階段に座り続けた。
階段の窓から見える桜の木は、空一杯に花びらを撒き散らして春の訪れを告げていた。


サクラマウカナタノキミ、ユウキュウノトキヲコエ、イマフタタビメグルマデ、ハルトトモニココデオドロウ

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