2007年11月20日火曜日

十六夜御伽話 壱

一つ一つ、丁寧に。ふわりふわり、慎重に。壊してはいけない玩具のように私は儚い存在を壮大な物語へと変貌させる。
いや、元々これらは物語なのだ。なのに読ませたくないと勿体ぶって違う毛皮を着込んでいる。皆それぞれ違う物語なのに、同じような毛皮ばかり着て自分を殺してしまっている。
だから私はその毛皮を丁寧に剥いで隠れている中のモノを慎重に取り出すのだ。溢れ出す宝のようなそれを見て、周りの人たちにそれを伝えた度に私は幸せに包まれる。いつしかその行為がとても意味あることに気がついた私は全ての宝物を開けることにした。
さぁ、次の物語はどうなのだろう…?

※※※

今、俺の目の前には一つの掲示板があった。
それは俺が働いている会社の連絡兼依頼用のものとしてビルの入口に置いてある物なのだがそこ一面使って人の名前が書きなぐられている。

霧野棺凪、これは俺の名前。

織谷嗚呼、これは俺の会社の社長みたいな人。ここぞという時じゃないと働かない変人でもある。

相沢幸帆、彼女は俺の上司的存在。ある趣味さえなければ完璧な人だ。

上条奏、俺とほぼ同時期に入社した女の子。ちょっとドジだが可愛いし、何故か凄い特技を持っている。

全員、俺の勤める会社の人たちだった。これってあれだよな、プライバシーの侵害って奴、なんて無駄なことを考えてみたがすぐにやめてしまった。こんなことはこの会社に入ってから日常茶飯事でありもう驚くべきことではないのだ。
というより、周りの人の方が非日常っていうのもある。彼女たちに比べればヤのつく職業な方々の恐喝文なんて可愛いものである。
俺は一つ溜息をつくといつも通りに灰色のビルの中へ吸い込まれていった。

※※※

「退屈で死にそうなんだけど」
「目の前にある書類の山を全部片付けてからそのセリフを言ってください」
俺が働いているのは通称"廃色ビル"の四階、これまた中途半端な階にある織谷よろず請負屋という不自然極まりない会社だ。一応仕事内容はその名の通り、なんでも請負いなんでもするよろず屋みたいなものである。もちろんなんでもしてしまうので法に触れるか触れないかなこともあるし、どっぷりと裏の世界に顔をつけなければいけないこともある。先程の恐喝文も以前の仕事で関わった組織によるものだろう。
正直、後ろ盾なんてなさそうなこの会社はすぐに潰れるのではないかと入社当時は思っていたが、俺が勤め始めて早二年、依頼は千差万別だがどんなことをしてもこの会社が潰れる気配はなかった。俺の推測でしかないが、多分今目の前でグダグダしている社長の織谷嗚呼が常人ではないのだろう。普段は昼行灯もしくはそれ以下の存在だが、いざというときには彼女ほど頼りになる人はいない。
「棺凪くん棺凪くん、腹痛でお腹が捩じれそうだから休んでもいい?」
「捩じれてもいいから仕事してください」
「幸帆、棺凪くんがいぢめる」
「お腹が捩じれても一回転すれば元に戻ると思うので大丈夫ですから、仕事してください」
「ちょ、戻んないって!?君らは配慮ってものを知らないのかい?いいもん奏ちゃんに訴えてやる!」
…頼りになることもあるんだが、この人は…。
俺と幸帆さんが同時に溜息をついた時、隣の給湯室から一人の少女、上条奏が顔を出した。小麦色の髪を揺らしつつ、フラフラと危なげな足取で人数分のお茶を持って来ている。俺は慌てて彼女の元へ走りより、お茶を配るのを手伝った。
「え、とお茶入りました。皆さんお茶菓子も出しますのでちょっと休憩ませんか?」
「神だ、神がここにいる」
「あ、でも社長はちゃんと切りのいい所まで、せめて目だけでも通して下さいね」
「鬼だ、鬼がここにいる」
まったく、目の前にいる人に対して堂々とこの社長は。
社長は無視することにして、一口一口飲むごとに身体が暖まるのを感じながら俺は上条奏が煎れたお茶を楽しんだ。幸帆さんもいったん手を休め、美味しそうにお茶菓子を摘んでいる。基本的に表情が変わらない彼女の顔だがこの時だけは明確に感情が分かる。これは結構貴重な瞬間だ、あることに関するのを例外にした話でなんだが。
お茶を飲みつつ、ちらりと机に散らばる書類へ視線を向ける。そこには今回頼まれた依頼に関する様々な情報が入り乱れていた。中にはあまり食事時には適さない写真や報告も載っていたが、俺は構わずに読み続けた。
今回の依頼は巷で騒がれている連続殺人事件の犯人を見つけること。本来なら警察の仕事のはずなのだが、依頼者は事件の被害者の家族と警察関係者なんて組み合わせなので文句が言えない。この会社は社長の気分と社長のモットーにさえ反しなければ大抵の依頼は受理されてしまう。今回のもまたその例外ではない。
そこまで考えると、俺は会社の不条理さから犯人の殺害方法について思考回路を転換させた。既に依頼者の家族を合わせて五人が彼ないし彼女によって命を奪われている。犯人の殺害方法は特殊だ。
主に夜中、老若男女、親子供兄弟、無差別にハンマーかその類で後頭部を殴打。大抵はこの一撃で死ぬか気絶してしまうらしいがそれだけでは犯人は終わらない。
彼ないし彼女、面倒くさいから彼としよう、彼は気絶した被害者を道のど真ん中で解剖し始めるのだ。それは医学的な解剖方法ではないらしいが、まず皮膚を丁寧に観音開きのように剥ぐ。そして筋肉を裂き、内蔵を抉り、骨を取り出し、まるで宝物探しのように背中の皮膚に届くまで被害者をバラバラにし尽くすのが、彼の犯行の特徴だった。
これだけの犯行を五回もしておいて、捕まらないのは異常だった。俺たちは確かに犯人確保を依頼されたが、名探偵のようにサッサと事件解決できるわけではない、まして警察ほどの調査力があるわけがない。日本の、というか五大貴族の一つ、"力"の刀切一族によって統轄されている警察はナメてるとかなり痛い目にあう。ナメていなくとも余程の犯罪者でない限り、彼らに捕まらない保証はなかった。
それを一般人よりもよく分かる俺は、だからこそ俺たちでは解決できないような依頼を何故社長は受理したのかが分からない。
まぁ、彼女の思考回路を理解できる人間はそういるもんでもないんだが。


→弐へ続く…かも

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