2007年11月26日月曜日

十六夜御伽話 弐

「さて、奏ちゃんの美味しいお茶も飲めたことだし、そろそろ真面目に仕事やらなきゃいけない頃合になったねってうわぁ…いつの間にかお茶菓子全部食べられてる…」
「ご馳走様でした奏」
「俺もご馳走様」
「あ、こいつら本気で配慮ってものを知らない」
「今度また買ってきますから…すみません嗚呼さん。でもそれより今はこれからの予定をそろそろ明確にしないと依頼破棄されてしまいますよ」
俺は上条奏の言葉を聞き、お茶を飲みほすと社長いじめから頭を切り換えた。彼女の発言はいつもこの会社の良識と言い換えても間違いない。
そう、確かに協力者はいても社員が四人しかいないことはどうしても捜査に影響があった。しかも入ってくる情報は既に警察の網にかかっているものや、どう考えたって不要なものなどが多数あり、まぁそれは主に社長に対する恨みからの嫌がらせなんだが、そのふるいわけだけでも時間がかかってしまう。
「ま、その通りだね。ぶっちゃけこんなん自分たちじゃ捕まえられないだろなんて皆思ってるでしょ」
一斉に頷く社長を除く社員三名。
「こういう時は気を利かせて"そんなことないですよ!!"とか言ってもいいと思うんだ。…まぁいいや、それに関しては大丈夫、反則技使ってすぐに犯人は分かったから」
それは物語としてどうかと思う。しかしそれをやってしまうのが織谷嗚呼という人物である。彼女より強く、無茶を通せる人は俺は一人しか知らない。まぁその人はもう人の次元を軽くすっ飛ばしてるので社長が人の中では最強だと思う。
さて、俺には視ることはできないのだが、社長の友人曰く森羅万象全てのモノは川の流れのようなものに沿っているらしい。風の流れ、運の流れ、危険、金、死、愛、時、感情など細胞、原子の一つにも流れがないものはない。
当然、個人の過去の流れも視えるのだろう。多分社長がその友人にでも頼んで犯人の行動をトレースしたのだ。確かに反則技としか言い様がない。
「では嗚呼、私達は何もしなくて良いのですか?さっさと貴方か棺凪君で捕まえてしまえば終わりですし」
上条奏にお茶のおかわりを頼みながら幸帆さんが質問した。
幸帆さんも女性としては充分強い部類に入るのだが、基本的に俺と社長が荒ごと専門で、上条奏と幸帆さんがバックアップだ。…そしてめんどくさがりやな社長はほとんどの仕事を俺に押しつけている。
「ん〜、そうしたいのもやまやまなんだけど犯人見つけた方法が方法だからね。もう一回さ、犯行おこした時の現行犯じゃないと駄目なんだよね」
「え…ということはもう一人犠牲者を出さないといけないのですか…?」
上条奏が不安げな声をだす。彼女は犯罪、特に暴行、殺人などに対して強い恐怖感を抱いている。それは仕方がない、彼女自身が被害者となった時期があったのだから。
以前、上条奏は神童と呼ばれるほどの天才だった。テレビでも騒がれていた彼女がこの寂れた廃色ビル訪れた時はさすがの社長も軽く驚いていた。
依頼内容は彼女の護衛、しかしそれを俺たちは達成することができず、彼女に最後の最後で能力をほぼ半減させてしまうほどの大怪我を追わせてしまった。今でもそれは悔やんでも悔やみきれないことだが、奏はそれを許すどころかこの会社入りたいと志願してきた。
幸か不幸か元々尋常ではない身体能力を持っていたため、狙われたものの、そのおかげで事故に遭った今でも彼女は一般人より少し劣る程度の動きができる。…まぁそれでも彼女からしてみればとても動きづらく、辛いものだろうに…。
俺たちが上条奏の何を変えたのかは分からないが、彼女はリハビリをかね毎日出勤している。
「大丈夫だよ奏ちゃん。相手が分かっているというのにわざわざ殺させやしない、殺人未遂の現行犯逮捕が目標だから」
社長の優しい声を聞いた奏は安堵した表情になり息をついた。確かに被害者を出さないにこしたことはない。
「確保は棺凪くん、それまでの尾行は私か二、三人貸しのある人を引張ってくるわ。幸帆と奏ちゃんは警察とか使って絶対的な証拠を見つけ出して。そうすれば面倒くさいの飛ばしてすぐに捕まえられるし」
「「「了解しました」」」
最後が微妙にやる気のない社長の指示とそれに応える社員の声が織谷よろず請負屋が動き出したことをしらせた。

※※※

愛しく、ソレを撫でる。優しく、ソレを取り出す。
途端にソレたちは私に語りかけてくる。

ありがとうボクラヲ自由にシテクレテ!ありがとうボクラカラ嘘の毛皮を剥いでクレテ!お礼に教えてアゲル!聞いてクレル?物語を聞かせテアゲル!急いでイオウカゆっくり話そウカどうしようカ?

私は焦らない。宝物がはしゃぎながら自らの物語を紡いでいるのをじっと聞く。温かなソレは冷たくなり、冷たい私は温かくなる。幸せと温かな奔流に満たされた私は時間を忘れて物語の調べに聞き酔いしれた。
空から煌煌と満月が私たちを照らしている。まだ夜は長い。

→参に続くかも…?

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