2008年1月28日月曜日

十六夜御伽話 四・前

初めては、偶然からだった。
自分から奏でられる物語はどれも歪で欠けていて、とてもじゃないけれど売れるものではなかった。無理矢理書き終えて、無理矢理売って、無理矢理稼いで…。納得なんてできるものが一つもない、満足できる仕事ができない苛立ちは自然と恋人への暴力というカタチに変わり解消されるようになった。
献身的な彼女は始めこそ驚いて泣きわめいたが、すぐに無抵抗に私の怒りを受け止めるようになる。私もその時だけは彼女にこの苛立ちをぶつける事こそが愛情と信じて疑わなかった。
だから花瓶で彼女を殴り殺した時は一番の愛情を捧げていたといっても違いない。

※※※

今日はどこの占い番組でもワタシの血液型や星座は最下位だったんだ。しかもいつもなら外れることが多いというのに今日に限って全て的中するなんて。会社には電車が遅れて遅刻しそうになるしいつもの上司が会社を休んだものだから難癖つける嫌味な人の下で働いた。昼食だってお気に入りの食堂が改装中でお休み、極めつけは彼との食事の約束を放棄せざるを得ない残業を任されたことだ。
今日は最悪。
明日は最高。
ほら、後数時間もすれば今日は昨日になるし明日は今日になる。そうすれば嫌な事はなくなって、きっと楽しい明日がくる。鼻歌でも歌えばそんな気分になれるかしら?ただでさえ今通っている道は夜を凝縮したように暗くて気分は俯き気味だ。ぽつぽつと配置された電灯はその闇をさらに強調するだけで、なんだか言葉では言い表せないような怖さがあった。映画だと、こういう雰囲気のときいつの間にか殺人鬼やらエイリアンやらが背後にたたずんでいるものだ。まさかなんて笑いながらその可能性を打ち消すためワタシは今まで歩いてきた道を振り返ってみた。

振り向いた先には妖しく輝く銀色のナイフがワタシの身体へ向かっていて、ワタシは今朝見た占い番組を思い出す。

"今日は蟹座の貴女にとって少しばかりアンラッキー、早めに寝ちゃって明日に備えよう!"

ああ、今日は早く寝なきゃなぁ…

※※※

犯人に追いつくまで残り50mをきったところで、会社帰りであろう女性が犯人のほうへ振り向いたのが見えた。やはり突然視界に殺人鬼が写ったことに混乱した彼女は硬直してしまい動こうとしない。そうもしているうちに犯人は月光に煌めく刃を振り上げて、女性の肌を切り裂こうとする。残り20m、俺の速度じゃその凶行を防げない。飛び道具を使おうか考えたが、犯人の上空に浮かぶ人影を見てその必要はないと判断した。
セピア色のロングコートを翼のようにたなびかせ、華麗にかつ絢爛に、我らが社長の織谷嗚呼は犯人と女性の間に丁度降り立った。
「問答無用だから。未遂現場はばっちし見たわけだし」
コートのはためきが地面につく間もなく、流麗な蹴りを犯人に繰り出した。もともとモデル顔負けの脚の長さを誇る社長の蹴りは長くそして鋭く的確に相手の右手の甲に吸い込まれ、その衝撃で彼が握っていたナイフを弾き飛ばす。クルクルと月光を反射しながら回転するソレは俺が犯人の背後に辿り着いた時に暗いアスファルトへ叩き付けられた。
襲われそうになった女性は状況を理解したが頭がそれを拒否しているのか悲鳴さえあげずに腰を抜かして呆然としている。
兎も角、俺たちは犯人を追い詰めた。

《……、棺凪くん…棺凪、くん聞こえ、てま、すか》
「聞こえるよ」
雑音を交えながら上条奏からの連絡が再び俺の耳元に届いてきた。武器を弾かれたとはいえ、今まで五人も殺している殺人鬼を前に緊張を解くことなく応答した。社長といえばそんなことしなくても勝てるという自身の表れか、犯人に背を向けて女性の介護にあたっている。
《状況を、説明お願いします》
犯人は武器を失ってから途端にまとっていた殺気を霧散させ、むしろ頼りないような雰囲気になっている。俺はそのあまりにもの変化に違和感を感じながらも先程までの経緯を手短に伝えた。
すると、やや焦りの感情を含んだ奏の声が返ってきた。
《……棺凪くん。先程の話の続きですが結論を先に言ってしまいます。世の中壁に耳あり障子に目ありという言葉があるように情報がまったく洩れないことは有り得ません。けれど、もしその》
生暖かい風が冬だというのに向かい風で吹いてきた。正確には、違う。生暖かいモノを乗せた風が吹いてきたのだ。
《耳も目も、自分自身のモノだったら…と考えたら目撃情報が皆無なのも納得できてしまう…そう思えてきたんです》
つまりは、
「ここ近所一帯が総ぐるみで犯人を庇っていた、それどころか犯行のお手伝いもしちゃってたってことらしいね、棺凪くん」
有り得ない聴力で俺と上条奏との会話を盗み聞きしていたらしい社長は、襲われそうになった女性を逃がしても助けられないと判断したのか気絶させながら答えを口にした。
鉄の臭いを含む生暖かいモノは、俺の足下にすじをつくりながら伸びてくる。
その紅色のすじを辿ると、先の殺人鬼は倒れ伏し、代わりに新しい殺人鬼が手に包丁を持ってすぐそばの家の玄関でたたずんでいた。それどころじゃない、周りの家から次々と様々な凶器を持った殺人鬼が現れてくる。どこぞのB級ホラー映画かこの現実は。
「めんどくさいね、この中からホントの犯人を見つけるのか…棺凪くん、分かる?」
「いくら俺の鼻が犯罪者に敏感でも、全員がそうなら意味ないですって」
俺の中を巡る一族の血は咎人を見分ける力を持つ。咎人の基準なんて曖昧なものだが、血の力や世界の流れなんてもっと曖昧なものが現実には溢れかえっていると割り切って俺はそれを受け入れている。
受け入れればなかなか便利なモノだがいかんせん広範囲の索敵に適したものなので今のように沢山咎人がいる状況では役立たずだ。
「というか社長こそ殺気の違いが分かるでしょう、そっちの方が確実です」
「だからめんどくさいねって言ったの。割に合わないことはしたくないし…なんか違和感あってしたくないし…」
「どこの幼稚園児ですか貴女は」
「幼稚園児…!?ちょっと、それは社長に対して言う言葉かね!棺凪くんには節度ってものがないの?」
「なっ、それを社長が言いますか!?犯人探しから面倒くさいなんて言って友達無理矢理捕まえて犯人見つけたくせして!!」
「そんな君は刀切一族が分からなかった犯人を一人で捕まえられるとでも思っていたの?いいじゃない、結果がよければ」
「大勢の素人殺人鬼に囲まれてさっきから一方的に攻撃されてるのが良い結果なんですか…!?」
二人で口喧嘩なんかしている間にどんどん危なげなものを持った住人が増えてきている。増えているうえに俺たちを攻撃しだしてるものだから困った。刃物の使い方が素人じみていると逆にやりにくい。
「あっはっは、やはりまだまだだね棺凪くん。こういう時にこそ幸帆と奏ちゃんの出番だよ、奏ちゃん聞こえてる?」
《はい、その行為を他人任せと言って良い結果ではない気がしますが。…というか幸帆さんを起こすんですか…》
社長は俺から片耳のイヤホンを奪うと耳にはつけずマイクのように使いながら上条奏と連絡を取り始めた。
「なんか凄く嫌そうなのは幸帆がさっきまで暴走してたってこと?」
《はい…大変だったんですよ、定時連絡終わってからずっと彼女の話が止まらなくて。本当にどうしようもなくて、久し振りに最終手段の鈍器殴打までいきました…》
つまり幸帆さんは今気絶中だというわけだ。って上条奏をそこまで至らすなんてどんだけ暴走したんだ幸帆さん。
「じゃあ奏ちゃんでもいいや」
気絶している幸帆さんを起こすことをすぐに諦めた社長は代わりに上条奏を助っ人として使うつもりらしい。
「…というわけで、今ちょっとゲームのような状況にあるわけなのよ。ラスボスってどこらへんにいるものなのかな?」
《…バ〇オですかデビルメ〇クライですかサ〇レントヒルですかその状況。ああリアルゲーム!やってみたいですねキャラはもちろん嗚呼社長で私だと雑魚にも殺されそう…ってそうでした現実ですこれは。人は殺さないでください。そうですね…ラスボスの性質によりますけど今回の犯人は傍観している気がします。雑魚たちなんてどうでもいい関係ない、我が道を行くタイプだと思うので》
極度の刃物狂の幸帆さんもあれだが、極度のゲーマーである上条奏も似たり寄ったりだ。…俺の周りに普通の女性はいないのか?
俺にも聞こえるよう片耳のイヤホンを俺に手渡しながら、普通の女性じゃない世界代表の社長は辺りを見渡した。
しかし周りは次々と現れる住人に埋め尽くされていて、とてもじゃないがたった一人の傍観者を見つけることはできない。
《あ、けど幸帆さんが気絶する前に一つ手掛かりになりそうなこと言ってた気が…》
今は猫の手も借りたい俺たちは上条奏の言葉に耳を傾ける。
《犯人の手口が同じなのは理由があるから、たとえそれは常人には理解できないものでも犯人にとっては譲りがたいものの場合が多い。だからもしその譲りがたいものの領域に邪魔な存在が侵入してきたとき、犯人はいったいどんな反応を起こすんだろうね…って喜々とした表情で喋ってました》
「それだ」
彼女の言葉を聞いた社長は魚の小骨がとれたような顔で呟いた。
そして一つ深呼吸をするとなんと自分からの攻撃を止め、必要最低限の防御に徹し始めた。
「なにやってんですか社長!?」
俺は慌てて周りの殺人鬼たちを気絶させると社長のそばに駆け付ける。だが心配したというのに彼女は何か企んだ時の笑顔で傷つけられていた。社長はマゾでもないし(むしろサドだ)こんな相手に傷をつけられるほどひ弱でもない(最強といっても過言ではないし)。
どこに本当の犯人がいるかわからない状況だけにその行動の理由を聞く訳にもいかない。どうしようか悩んでいたら、社長は小さいジェスチャーで俺にも同じことをしろと伝えてきた。それや彼女自身から発せられる尋常じゃない自信に俺は苦笑して言うとおりにするしかなく、彼女に全てを任すことにした。次に俺が動く時は犯人が俺たちの前に現れたときだ、出血量分は仕返しがしたい。

空に傾きながら輝く月は夜が半分以上過ぎたことを示していた。しかしこの夜の夜明けまではまだ永い。


→四・後に続く…?

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