2009年9月21日月曜日

imperishable banquet

永遠
エイエン

変わることなく
  くるくる廻る

くるくる回る
 何もない、永遠

始まりはどこ?
終わりはどこ?

 何もない
  だから永遠

始まらない、
 終わらない、
   届かない、


  だから、永遠

***


さぁ、始めよう

エイエンの宴を


***

出会いは始まり

蒸せかえるような夏の午後、僕は一人の少女に出会った。
彼女は麦穂のような色と柔かさを持つ髪を腰まで伸ばし、白磁色の肌をアクアマリンのサマーセーターで隠していた。瞳は見る角度で薄茶になり、金色になり、翡翠色へとくるくる変わる。
陽炎なのか、彼女の足元は長いスカートの裾辺りでゆらゆらと揺れ、彼女の存在を不確かにしている。
そのとき僕には目的がなかった。なぜそこにいるのかも分からなかったほどだ。そもそも、其処が何処かさえも解らなかった。
陽炎に揺れる、白い場所。空さえ確かな青を保てていない。僕は空気の上にいるのか、それとも水の中を浮いているのか、ゆらゆら揺れて、わからない。
彼女は空を泳ぐ魚のように、ふわふわゆらゆら僕の方へ近づいてきた。

—ワンダーランドは、

彼女の口が開くタイミングと、僕の鼓膜を声が揺らすタイミングにずれがある。ナニカを緩衝板にしたように、ワンテンポ遅れて彼女の歌うような声が僕に届く。

—アリスが迷いこんだワンダーランドは、何処なのかしら

…正直、僕はその解答をすぐさまに思い浮かべることはできなかった。まだ僕は常識に囚われていたし、彼女の意図を理解できるほど交流をしていない。なにしろその質問が第一声なのだから。
しかしはて、僕はこの質問に返事を出した。

「小説的オチでは夢の中、現実的には存在しない」

我ながら、実にナンセンスな解答だった。
もうちょっと面白味のある言葉は思い付けないものだろうかと自己嫌悪する。

—では小説的オチで話を進めましょう
 ワンダーランドは夢の中
 では、夢は何処にあるのでしょうか

平然と、当然と、お伽噺の話は続く。僕たちは並びながら共に歩む。僕は足取り確かに、彼女は足取り不確かに。

「夢は、夢は眠りの中に」

でもそれは…
眠り眠る、夢
望み叶う、夢
どちらの、ユメ?

—ゆめ、ユメ、語り継ぐ夢、叶われる夢、
 あなたが望むのはどちらの夢?
 無限に浮かぶ、それは夢
 夢幻に消える、それも夢
 どちらもムゲン、永遠に続くユメ
 あなたのユメは、どちらのユメ?

無限の泡沫、夢幻の泡沫、どちらも夢というのなら、僕はどの夢を認識している?
望み叶える夢か、眠り眠る夢か。
眠りの夢に、ワンダーランド
望みの夢に、彼の地の価値が
僕はどちらを認識している?

行く先を示す逃げ水を追う僕らは相も変わらず歩き続ける。踏んでも踏めない、いつまでも逃げ続ける感触のない水を追い続ける。

「眠りの夢に、ワンダーランド
望みの夢に、彼の地の価値が」

思ったことをそのままに告げる。
それ以外に、僕に思い付けることはなかった。
ワンダーランドは何処にある?

—夢、眠りの夢の話をしましょう
 胡蝶の夢、夢と現、どちらが幻?
 どちらにワンダーランドは手招いている?

胡蝶の夢、荘子の夢。
区別の境が消えた夢現。
彼が人であることが現のこの世界は、どちらなのだろうか。
そもそも、この世界は僕の現なのだろうか、夢なのだろうか。

此処は、何処だろうか

—彼方であり此方であり那由多であるこの世界
 ここは永遠

「永遠」

—永く遠い、まるで夢のような
 それでもまだワンダーランドにはほど遠い

アリス、迷いこんだアリス。ナンセンスの世界で普通であり続けた普通でない少女。
人は世界に合わせて生きる。流れに棹をさし、低き易しに流れる。登竜門を越え、竜へ変わる鯉のように足掻き上へ昇る人もいる。それでも、そんな決意を少女が持ち合わせていたとは思えない。つまり異邦人、姿形は同じでも中身は別世界に生きている。

太陽が、眩しかったから

そんな理由で人を殺せる異邦人と別世界に紛れ込んだ人とはどう違いがあるだろうか

永遠、
永く遠いこの場所は、
現実だと思っていたこの場所は夢であった。

そんな確証を得ることはできないのだけれど、
それでもそう認識してしまったからには、ここから抜け出したくなってしまう。
でも、

—ここは、永遠

そう、ここは永遠。
永遠には、"永遠に"出口はない。
終わりも始まりも続きもない、始発であり終点であり中継点でもあるこの世界だから。
逃げ水は陽炎に消え、僕たちは周り全てが揺らめく場所に行き着いた。
何も確かなものが見えない、僕だけがくっきりと外界と自分を隔てている。
せめて少女だけでも確かなものでいてほしくて、僕は彼女の手を握った。彼女の手の感触は真綿の雪を掴むようで、強く握らないと存在は不確かなのに、強く握ってしまうと崩れ落ちてしまうようだった。

—ワンダーランドは何処なのかしら…
 此処にもない、何処にもない…

僕はなぜ彼女がそこまでその場所に固執するのか気になった。
おとぎの国、鏡の国、ナンセンスな世界。
そこには何があるというのだろう。

—私は私の世界を持っていながら、居場所を作ることができなかった
 世界は一人づつちゃんとあるのにそこに居場所を求められなかった
 だから、私の世界とは反対の世界なら私の居場所があると思ったの

風に吹かれたように彼女の身体が大きくぶれる。
握った手まで消えてしまいそうで、僕は無我夢中に抱きついた。
じんわりと、僕らは互いの体温を感じあう。僕の汗が彼女の服をつたい、彼女の匂いは僕の鼻孔をくすぐった。彼女の吐息は優しく僕の鼓膜を震わし、僕の鼓動は力強く彼女を叩いた。


それでも、

揺らめく陽炎のように、
浮かび上がり弾ける泡沫のように、
何の予兆もなく覚める夢のように、


—ここには、ないわ…

彼女の存在は消えてしまった。

あとに残るのは不確かな景色と確かな僕。
他者がいないなか、確かなことなんてないというのに、そんなことに意味もないのに


そう、

僕の方が夢であったということも

今では誰も確かめることはできない。

それこそ、永遠に


***

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