2009年12月24日木曜日

君はいわゆる中二病というやつではないか? 一二三肆五子はそれを認めたうえで僕を殴る

スゴク廚クサイ
どんまいまいまいちゃんどんまいまよいまいまい

あだー…いま川上弘美読んだら鬱で再起不能になりそう

***

窒素、酸素、二酸化炭素、その他もろもろ
それらが漂うこの大気はまるで敷き詰められた真綿のよう
隙間など、どこにもなくて
僅かに開けた口のなかにでも、ぐいぐいと押し込んで、詰め込んで、人形のようにわたしを膨らます

うぞろ、うぞろと蠢く真綿
わたしはその中を、うぞろうぞろと掻き分けて進んでいく

***

一二三肆五子に出会った。
ヒフミシイコ、と読むらしい。親の悪ふざけからつけられたとしか考えようがない名前で、かといって上手いあだ名をつけられる名前でもなかったので、彼女は大抵フミさん、シイちゃん等々ありふれた名称でしか呼ばれていなかった。
異常なのに、正常。表しようがない特殊性はむしろ認識されずに処理される。
だから転校初日、まだ誰の名前も知らない状態ならば、普通に接するしかなかったのだ。シイコ、なんて音だけならば普通なのだから。

結論、何を言いたいのかという自問自答。
それは彼女と腐ってもほどけないような縁の仲になるとは思わなかった、それだけのことだ。

***

「ねぇ、あなたは空気のことをどう考える?」
ある昼下がりのこと、肆五子に質問を投げ掛けられた。
これは一種の儀式のようなもので、食後の運動でもある。僕は肆五子と昼食を共にした後、なんとなしに窓を眺め、眠り、泡沫のように突然現れるまで彼女の質問を待つのだ。
彼女の質問は昨日の献立から哲学めいたものまでジャンルにとらわれない。ただ名前を連想されることが嫌なのか、数字に関する質問だけは、彼女の口から出ることはない。
「今日は空気か…ずいぶんと範囲の広い」
「ああ、言葉が足りなかったかしら。雰囲気という意味の空気は含まれないわ、混合物質の空気よ」
食後のプリンを味わいながら、歌うように肆五子は喋った。この前はだれかの詩集を読みながらの質問だったし、〆切間近の課題をやりながらの時もあった。
何かをしながらじゃないと、彼女は質問できないのだろうか。
どうでもいいことを考えていると、肆五子は批難するような目付きで、ちゃんと考えてないでしょうと言った。その通りなのでごめんと答えてから、今度は真面目に彼女の質問を考えた。
「目に見えない生活必需品なんじゃないか?化学とか習うとどの分子も簡単に造れてしまえそうだが」
「相変わらず面白味のない返答よね」
「現実主義者なんだ」
「そういう問題でもない気がするけど…」
感想の返しさえもつまらないのね、という言葉が出る代わりに、プリンが彼女の口のなかに収まった。
「化学を習うとどんな現実問題を解決できてしまいそうに思えるのは同意するわ。CO2なんてみんな分解して石油にしてしまえばいいのよ」
「それを行うためにさらにCO2を排出することになりそうだが。つかそれはいくらなんでも無理だろ」
今の科学技術だって昔は夢物語だったわ。
それはそうなんだが、と少し同意しつつ、だとしたらその技術が夢ではなくなるのは何世紀後なのだろうと思った。
「そっちはどうなんだ?空気のこと」
プリンの容器を脇におき、肘をついて指を絡ませ、手の甲に顎をのせ、一二三肆五子は笑みを浮かべる。
彼女が自分の質問に答えるとき、いつもこの格好をするのだが、僕はそれに対して"妖艶"という学生には似合わない言葉を思い浮かべる。
そもそも、肆五子はよく言えば大人びていて、悪く言えば老け顔なのだ。口が裂けても言えないけど。
「箱詰めよ」
「……はぁ」
彼女のことがよくわからないのは、今に始まったことではない。
「だって考えてみれば私たちに隙間なんてものはないのよ?
私は人形のように空気が詰め込められているし、あなたと私の間にだって空気が詰められているわ」
「相変わらず突拍子のない考えだな」
よくそんな発想に至れるものだ。暇人という言葉が思わず僕の頭を駆け抜けた。
たしかに空気に触れる限り、僕たちは必ず繋がっている。水の中でも水が空気に触れていれば、繋がっているのと同意義だろう。
地球から隔絶するには、真空を作り出して中に浮くしかない。
君は一人なんかじゃない、そんな感じの歌詞を思い出した。
「今日の授業でそんなことを考えていたら、息苦しくなってしまったわ」
授業は真面目に受けた方がいいと思う。僕が居眠りする度に、それをネタにしてからかう人は特に。
だが読心術なんてもたない肆五子に僕の考えは伝わらない。物思いにふけるように、もしくは最後の一口だったプリンの後味を楽しむように窓の外を見つめている。
「この地球に一方通行はないのよ」
「スケールが大きいな」
僕が心の中で呟く独り言は一方通行のように思えるけど、見えないものはノーカンなのだろうか。
世界なんて視界が広すぎる。目に見える範囲、自分が理解できる範囲がちょうどいい。そう考えれば確かに一方通行だ。
「全部循環している…私が吐いた息に残った酸素をあなたは吸うだろうし、あなたが吐いた息に残った酸素を私は吸う羽目になるのよ」
「つまり僕には息を吸うなと言いたいのか」
死ねと。窒息死しろと。
「死にたいわねー」
「そっちの話なのか」
「でも、私が思うに"死にたい"って言ってる人ほど死なないのよね」
死にたがりと自殺願望と口だけの奴の違いだろう。死にたいと言うだけか、死なない程度の傷をつけるか、死ぬかの些細で大きな違い。
「喫煙者と口だけの死にたがりがいなくなれば世界はだいぶ静かになるでしょうね…話の論点がずれたわ。とにかく、空気をクッションに箱詰めされてるの」
未成年でありながら、実は度々喫煙している僕にとってヒヤリとする言葉を軽々と述べた肆五子は自分でずらした話をもとに戻す。
「やっぱり箱詰めって言われたら梱包、運送を連想してしまうのよ」
「あ、ああ…まぁそうかもしれないな」
適当な相槌、ちなみに肆五子がもっとも嫌う行為だ。案の定、僕を睨み付ける瞳には殺気に似たものが漂っていた。
「昔、といっても小学生だけど。やっぱりこの名前のせいでとやかく言われたり変に気を使われたりして、子供の癖に"腸が煮えくりかえる"思いをしたことがあるわ」
「……………うん」
多分、今の年齢だから使った比喩ではなく、当時小学生の肆五子が使ったのだろう。腸煮えくりかえる小学生…いたらかなり嫌な小学生だ。
「やっぱり人生は嫌な気持ちをせずに暮らしたいじゃない。エピクロスのように」
「彼はただのヒッキーもしくは自宅警備員だったと思うのだけど」
「禁欲的なゼノンよりよっぽど人間らしいわ」
「昔の人を悪く言うのはよくないね」
「あなたが言い出したんでしょう」
とにかく、と話をまとめつつ肆五子は机に伏した。どう控えめに見てもまとめようという姿勢じゃない。
「もし地球は梱包されたものであったとしら、私たちはどこに送られるのかしら」
「地球はぐるぐる太陽の周りを回ってるんじゃないのか?」
「天動説だって否定されたのよ、地動説だって否定されるかもしれないわ。宇宙船・地球号と言うほどだし」
それの意味は環境配慮のはずだ。
突っ込もうとしたが、既に肆五子は次の授業の準備をしながらリトルグレイにはどう挨拶をすればいいのかしらと呟いている。
彼女の質問は、意味も終わり方も、うやむやで霧散霧消だ。
僕たちは授業で聞き齧った話をタネに、また明日どうでもいいような質問で昼休みを消費するんだろう。
一二三肆五子はよくわからない。
でもそのどうでもいいようなわからなさが心地いい。

まとめ、今日の質問は空気について
結論、平和な昼休みを彼女いわく箱詰めされている僕らは過ごした。その行き先もわからないまま。

0 件のコメント: